ちなみに

ちなみに、
(ここから本題だったりする。長い序章、前文、ごめんなさいの気持ち)

女性は、不幸ネタが好きである。
いかに自分は不幸か。
その不幸ぶりが手に取るように蜜蜜遊、目に浮かぶように、想像できる、超絶・不幸生活。
特に、不幸な結婚生活。
これは、ウケる。

生活範囲がさほど広くない人にとって、生活の中身が、自身の幸せバロメーターであると感じる。
そこには、夫をはじめ、家族との確執や水解蛋白、避けることの出来ない不幸ネタがぎっしり詰まっていれば、詰まっているほど、読む側は、わくわくするようだ。
これが、仕事の話だったとしたら、興味、共感を得ることは、ほんの少ししかないだろう。

なにが幸せの基準か。
隣の奥さんと比較する?
隣の芝生は青い?(使い古されたフレーズ)

比較でしか、自分の幸せを実感できない。
しかも、自分と、ほんの少しだけ近い人と、比較する。
毎日の食事にも事欠く人が品牌維護、世界有数の富豪を妬むか?
毎日の、幼稚園お迎え時の自分が着ていく服に(ライバルママとの優劣を視野に入れつつ)、悩むママが、
ハリウッド人気女優に嫉妬するか?
自分とシーソーゲームをする、ほとんど同じ分野に棲息する人物をライバルと見なし、競争心を煽られる。

かたや、自分より、ちょっと不幸な人を見ると、自分の幸せを再確認できるのだろう。
そういう人を知りたくて、触れたくて、不幸ブログは人気があるかも知れない。
多くの人に、幸せ感を与えるにしても、自分の不幸ネタで皆さんを幸せにするのは、どうだか。
同情させてあげ、憐れませてあげる。

気持ちの荒んだ人が大勢集まってくれて、閲覧数がぐっと上がって、嬉しいかどうか。