ドンパチやる戦争を回避するためには

実際問題、完全に回避することは不可能だろう。

やろうとするならやってやるという姿勢を示さない限り、一方的な虐殺と隷属に帰結するからだ。

所謂平和論者の見ていない視点がここにある。

すなわち、本気で動けば、”敵”国を徹底的に壊滅状態にするだけの兵力が潤沢にあると言う実態を示しながら、外交力をして、その行使を可能な限り最小限にする。
これは、所謂抑止力であるが、古書を紐解くと、そんなことは昔から言われている。

中国の思想家孫子は、「戦わずして勝つを上策とする」としているし、西欧の思想家クラウゼヴィッツはだったかは、戦争は外交の延長であり、実際に軍隊が動くのは外交の失敗であるというようなことを述べている。
英国の外交専門家だったニコルスも同じようなことを主張している。

つまり、実際に戦闘行為を行うのは下の下策。
政策の致命的な失敗でしかない。

機能したのは、キューバ危機ぐらいだろう。
核攻撃を排除しない軍事行動の意思を示すことで、逆に米ソ間の緊張状態を緩和し、実際の戦闘行為に及ぶことはなかったからだ。

不十分ながら機能したのは日露戦争。
日本帝国は、大英帝国を通じて情報戦を仕掛けた。
すなわち、
ロシア太平洋艦隊を壊滅に追い込んだ日本海軍の最新鋭水雷艇部隊が、日本領海を離れ、バルチック艦隊迎撃に出発した。
英領インドで、日本海軍の水雷艇部隊を目撃した。
英領南アフリカ沖で、目撃した。

しまいには北海やバルト海にまで出現させた。

だが、そんな水雷艇部隊は存在しないし、進出される余力もない。
実際には沖縄付近に哨戒艇を出すのが精一杯。

第二太平洋艦隊、第三太平洋艦隊に再編されたバルチック艦隊は、いもしない日本海軍の水雷艇に怯えながら極東回航を行い、北海では英国のトロール船団を攻撃、英国も直接の敵とするに至った。

つまり、日本近海に辿り着く前に、半ば負けていたようなもので、とにかく安心して休めるウラジオストック港への最短距離を目指さざるをえない状況に追い込まれていた。

更には、ロシア国内の反政府勢力を援助し、革命ごっこを盛大にやらせた。

残念なことに、かなりの戦死者を出すに至ったが、それでもロシアが、革命ロシアが、日本を警戒するに至ったことは言うまでもない。
旧ソ連において、ナポレオンのロシア遠征を「祖国戦争」、対日戦を「大祖国戦争」と呼称したと言われることを見ても、その影響の大きさは判るだろう。

戦闘職種のパイロットだから、そのような言い方しかできないのかもしれない。
だが、戦闘機パイロットが戦闘のために出撃する時点で、既に外交戦略は破綻している。

平和を主張するならば、外交の重視、情報戦の重視を主張せねばなるまい。

この時期にとりわけ多いものを例に挙げれば、
食中毒は、抗生物質で治すのではない。
抗生物質使用の是非を論議するのではなく、食中毒菌が侵入しないようにする、或いは侵入しても害が出ないようにすることが肝要だ。
威哥王
巨人倍増