疲労全開

昨日の午前中は 皮膚科と精神神経科の診察で

朝から病院に逝ったんですが

皮膚科は10時30分予約の診察なのに

なんとまぁ 診察室に呼ばれたのが 12時30分という …

皮膚科が終わって 休むヒマもなく 急いで精神科へ …
そしたら 同じ診察室待ちの おばさまに声をかけられた。

『 あなた 何時の枠の診察なの? 』 って 訊かれたので
『 ホントは 11時10分の予約なんですけど 皮膚科が 2時間以上も遅れて 』 と。

すっごい 驚かれました。
『 何時に病院きたの? 』 と聞かれて
『 診察が10時30分からの予約なので
10時ちょい過ぎには 着きましたよ 』 って答えたら

おばさまが 気を使ってくださって。
『 あなた 皮膚科でさんざん待たされて
また待たされてるから 先生に言ってきてあげる。 』
『 診察 3分で終わらせるから ちょっと待っててね 』 と。

すんごい イイ女性でした。
さらに 『 次の診察来年にしてきた 』 とまで。
頭がさがります m(__)m
診察時 先生からも 『 災難だったねぇ 』 と言われました。
『 初診とか 予約外じゃないのに なんでかね 』

なんて 会話をしてました (笑)

皮膚科で呼ばれる直前は さすがに
本気で ブチギレそうでしたが 精神科で落ち着きました。
診察が終わって 外来会計の所で あの おばさまに再会 ^^
同じ主治医の先生なので
『 また会えるといいね 』 といって 別れました。

結局 病院の用事が全部終わったのが 15時すぎ (^-^;)
さすがに 疲労全開になりました。
男宝:http://www.xn--pbtr90d.net/
ナンパオ:http://www.xn--pbtr90d.net/

今週の医者。一つ目

医者。いきなり家の門にかする…;チェックしないでそのまま発進。急いでたわけじゃないが車がつまっていたので。その後家に帰った時見たがバンパー的な部分が擦れていた。まぁ大したことなかったが久しぶりにやっちまったなぁ。相手がいなくてよかった。運転中もガソリンが常にゼロより下で止まりそうと思ってびびってた。100円分入れてって用意までしてたんだけどなんとなく忙しい中100円分っていうの恥ずいんだよね。帰りはもうゼロlineから2ミリぐらい下周ってたがまぁいけるやろと思い込んで行った。

医者ではなぜか混んでいて会計80分待ちとか…。旭中央病院はすごく清潔で綺麗な感じだが一つだけ弁当とかを食べる簡易休憩室(名前は忘れた)は凄い不衛生そうと思う。なんといっても臭い。弁当の箱を入れるダンボールがあってそこから匂いがダダ漏れている(さすがに腐った匂いとかは無いが)申し訳程度の換気扇があるもののあまり機能してるとは思えない。いっそ窓開けて欲しいが開かない。一方通行の突き当りなので空気はこもる一方。そこで病人が食事をするのだから不衛生っぽクて仕方ない。

ヤンジャンなどを読んで。mp3プレイヤーのイヤホンの紐のほつれを直してたりして時間をつぶす。

日本的宗教の弊害というもの

日本人は無宗教だと嘘をつくが、彼らは「初めてコメントするときには『はじめまして』『ニュースから』ということを強要する」宗教に属していることに全く無自覚である。無宗教者である私にとっては、そういう無意味な言葉を省くのが正しいが、彼らは宗教上の形式に乗っ取っていないというだけの理由で話すら聞いてくれなくなってしまう。これは日本宗教とでも呼ぶべきものだろうか。何にせよ、宗教とは迷惑この上ない存在だ。普通の宗教は治安をよくしてくれるものだが、日本宗教は治安をむしろ悪くし、相互社会を肯定化する醜いものであるからだ。

そういうわけで、私は「ニュースから」「はじめまして」という無駄なコメントを強要する人に関しては逆にコメント削除などをすることにしています。ご理解ください。

大企業は堅苦しいですね

今日は入社手続きのために、
採用された会社へ出掛けてきました。
我が美濃加茂のお隣の可児市まで、
わざわざ出掛けてきましたよ
敷地内は20キロ走行の制限がありましてね。

60キロくらいで走りたくなる衝動を抑えながら、
ゆっくり走っていくと、守衛さんがいるのです。
ここも全速力で突破したいのですが、
せっかく採用されたので、大人しく守衛さんと話して、
会社の中に入りましたよ。

そして、いろいろと書類を書いたのですが、
たかがバイトなのに、免許証の写しやら、
自動車の任意保険の写しやら、
さらにはいろんな書類やらに署名して、
結局、1時間ほど費やしましたよ。

今の時代、バイトをするだけでも大変です。
この会社、駐車場が異常に広い上に、
20キロ走行しかしてはいけないので、
走っていたら、自動車学校のコースを思い出して、
なんだかちょっと楽しくなってしまいました

それで結果として、僕の初出勤は、
来週の9月16日からになりましたよ。
連休明けの火曜日からですね。
研修の3日間は8時半から11時半なので、
朝はちょっとゆっくり出掛けられます

研修が終わると、朝の6時半から9時半まで、
働くことになるのです。
朝の9時半に仕事が終わってくれるので、
その後、夕刊の時間までは遊び放題ですよ!
平日も友達と遊べますね

こうして手続きを済ませて12時頃に帰宅したものの、
横になっていたら、力尽きて眠ってしまいました。
こんな状態で働けるのかどうか。
まあ、なんとかなるでしょうから、
気楽に仕事を楽しむことにするのです。

さて、今日はお昼に眠っちゃって、
やり残したことがありますので、
音楽を聴きながらコーヒーを飲みつつ、
あれこれしながら、21時まで頑張ることにしましょう!
そして眠れたら眠りましょうかね

ブスにブスと言う権利を

私の中学生時代の友人にブスに面と向かって「ブス」と言うことを日課にしている人がいた。

ブスが自転車に乗っているとわざわざ自転車で追いかけ、彼女の進行を妨害し、一言。

「おいブス!」と言う。

廊下でブスを見るとすかさず彼女の前に立ち、「おいブス。おまえだよブス」とブスが自分のことを言われていると気づくまで言う。

ブスが無視していてもおかまいなし「ブス、ブス、ブス」と彼女がはっきりと自分がブスだと自覚するまで言う。

彼自身は長身で怖そうな顔をした不良少年であり「ブス」と言われたブスははむかえない。

ブスは「ブス」と言われ、いつもブスッとしていた。

なぜ彼がそこまでブスに「ブス」と言うことにこだわっていたのか分からない。

でも彼は“ブスに「ブス」と言うことはよいことだ”とつねづね自慢していた。


彼の行動はほめられるものではない。

人の心の痛みを考えない軽率な行動とされ、生徒指導の対象になった。

それでも彼はブスに「ブス」と言うことをやめない。


彼の不良友達も彼のマネをし、ブスに「ブス」と言うことにしたらしく

彼らは至る所でブスをみかけると「ブス」と言ってブスの啓発につとめだした。

顔がブサイクな女の子にとっては大変な状況。

廊下を歩いていると不良少年がやってきて「おいブス」と言ってにやにや笑う。

道端でも教室でもところかまわず「ブス」と言う。自宅の玄関からも大声で「ブス」と呼ぶ。

登校拒否ものである・・・。


ある時、言い出しっぺの彼がこんなことを言っていた。


「ブス」と言われてもへこたれないデブ山ブス子はたいしたものだ。

同じブスでもグズブス子はダメだな。うじうじしているからイジメの対象になる。

あの二人の態度の違いはよく見ておいた方がいいぞ。

“ブスに生まれた事実は変えられない。ブスはブスで一生過ごさなければならない”

“ならブスであることを受け入れ、ブスとして胸を張って生きればいいのだ”

俺たちはただブスに「ブス」と正直に言ってブスにブスである自覚を持たせてるのだ。

美人に「ブス」と言えばウソになるが、ブスに「ブス」と言うのはウソではない。

ただ真実を教えているだけ。だから悪いことではない。

ブスがブスの自覚なく美人と同じ感覚を持ってきたら、殴り殺したくなるだろ。

だからブスには「ブス」と言って、自分は美人とは違うんだという自覚を持たせなければならない。


デブ山ブス子は長身で図体ばかりでかく顔面崩壊を起こしたドブスであったが、ブスと言われても屁の河童、悪童をののしりかえす太っ腹ブスであり

一方、グズブス子はブスなだけでなくグズも併発しており、実に陰気で首でもつりかねないあわれなブスだった。


言い出しっぺの彼は不良少年ではあったが、私にとっては親類でもあり、家も近所で幼少の頃から仲が良かった。

私も彼が不良友達といる時は怖くて言えないが、彼一人なら注意できる立場にある。

たまたま二人で歩いている時、グズブス子が運悪く通りかかった。

グズブス子は彼を見るなり自転車をひるがえし、猛スピードでダッシュしだした。

彼はにやにや笑いだし、追いかけると自転車を停めさせ

「おいブス、ドブス」と連呼しだした。

その時の彼女の泣き出しそうな顔は今も忘れない。ブスでもかわいそすぎである。

そこで私が「○○、そんなことやめなよ」と注意すると

彼は「さとじゅんはウソつきだ。偽善者だ」とにがにがしく言い捨て

「でもおまえが嫌がるなら今日はやめとくよ」と彼女を解放した。

彼女は私に何度もお礼を言って去って行った。


私はただブスに生まれただけでブスと呼ばれるブス達のあわれな現状に深く同情した。

“世の中には努力ではなんともならない運命がある。ブスに生まれたらブスとして生きていかなければいけない”

この出来事は私の子供心に深く突き刺さったが、ブスと言われ続けたブサイクな女の子は私の比ではないぐらい大きなトラウマをかかえたことだろう。


大人になってからブサイクな女性と交際することになった。

彼女はブサイクといっても中の下ぐらいで、そこまでブサイクではないと私は信じたかったが、でも、ブスには変わりない。

ブサイクな彼女の顔を見る度に“なんで俺がこんなブスとつきあわなきゃならんのだ”と腹が立ってしょうがなかった。

でもブサイクな彼女の唯一よいところは、自分がブスであることを自覚し、自分は美人とは違うという自覚を持ち、ブスとしての現実を受け止めていたことだった。

だから勘違いブスにはならず、常に謙虚であった。

でも一方で自分のブサイクな顔を隠ぺいするためあれこれ考えていた。

その中でも彼女がよく使ったのが、友人の勘違いドブスを呼んでお世辞をいって天狗にし、傍から見て笑いものにするという悪趣味としか思えないものがあった。

私にはそういう悪趣味はないのだが、でも勘違いドブスの彼女が来ると自分の彼女が美人に見えた。

比較対象が悪すぎれば、悪くてもよく見えてしまう。


ブスと交際するということは、ブサイクな交際相手の見苦しい容姿を他人ごとではなく自分も受け止めなければいけないというつらい作業である。

ブサイクの重荷を負ったことがなかった私にはとてもとてもつらいものだった。

さっさと結婚し落ち着きたかったから彼女とつきあったのであり私には愛はなかったが、彼女は私に愛されていると信じていた。私はそういう相手に思わせる工作がうまかったのだ。

でも本音は抑えきれず、ブサイクな彼女を見る度に不快な気分になり、それが顔に出ていた。

しかし、彼女が勘違いブスを笑いものにする時だけは、私の顔から不快感が消え、やさしい顔立ちになっていた。

私も本音は変えられない。

ブスで残念な彼女がまだましだと思えばこそ、笑顔がこぼれるのだ。


勘違いドブスの友達は、出会いパーティーに参加したが、誰からもオファーがかからない。

彼女の心の中では彼女は浜崎あゆみ似の美女なのだが、現実は横峯さくらを10倍劣化させた化け物。

そしてとうとう私たちの前で泣き出してしまった。

「いい男がいないから私が交際できない。私に見合ういい男がいない」

なに勘違いしているんだこのドブスが。てめえの顔を鏡で見て出直して来い!

彼女の醜い泣き顔を見ながらマジ殺意がわいてきた。


その時、昔、ブスに「ブス」と言うことを日課にしていた友人の言葉が思い浮かんだ。

“ブスがブスの自覚なく美人と同じ感覚を持ってきたら、殴り殺したくなるだろ”

“だからブスには「ブス」と言って、自分は美人とは違うんだという自覚を持たせなければならない”

彼は正しかった。


今の時代、ブスに「ブス」と言う心温かい人が少なくなってしまった。

だから勘違いブスがはびこり世の中に害をなす。

てめえのツラが悪いくせに選り好みばかりしていて男を決められず、廃棄物状態になる年増女が増え続け国家存亡の危機である。

あげくのはてには、このニュースのダレノガレ明美さんに真似て整形してしまうようなあわれなブスも出てくる始末。

“ブスに生まれた事実は変えられない。ブスはブスで一生過ごさなければならない”

“ならブスであることを受け入れ、ブスとして胸を張って生きればいいのだ”


デブ山ブス子はドブスであり、見苦しい女であったが、学校内で成績は一番であった。

彼女は聡明であり、美人の友達が何人もいた。

ブスはブスとして胸を張って生きた方がかっこいい。


ちなみにブスに「ブス」と言うことを日課にしていた彼はブサイクな女性と結婚した。

結婚式当日、私は彼に彼の奥さんを紹介されたのだが、「なんだこのブスは。こいつと親類になるのは嫌だな」と暗い気持ちになった。

でも彼女はブス教育がしっかりなされたブスであり、自分がブスであることをしっかり自覚し偉そうではない。ブスであっても性格はかなりよい方。

きっと彼のブス教育がしっかり行き届いていたのだろう。

天邪鬼なこの男とはちょうど中和されていい夫婦になりそうな感じ。

今では、彼と彼の奥さんが仲むつまじくやっている姿を見て、彼のブサイクな女性に対する愛情の深さを感じる。


でも私はブサイクな彼女をふってしまった。

私にはブサイクの呪いはあまりに重すぎたのだ。

抱きしめるのは苦手だ

助手席の彼女が「パパ」
と俺を呼ぶ
チョット甘えた感じ
手が同時に伸びてくる
「手をつなごう」
「忘れてるの?」
そんな意味だ
「パパの手、暖かくて気持ちいい、大好き」
「そのセリフ、何度も聞いたよ」
「嫌?」
「うん~ん、嬉しいよ」
「だったら、そんな意地悪言わないで」
チョット、口を尖らす彼女
凄く純な子だ

彼女がギュッ と手を握ってきた
俺もギュッと握り返す
今度はギュッ、ギュッと握ってくる
ギューと握り返す

彼女に視線を向けると
彼女も俺を見つめていた
笑顔は交わすが、言葉は交わさない

こんな会話もいいもんだ

ホテルに着いて部屋に入る
いつもなら
直ぐにお湯を張りに行く彼女が
部屋の中央で俺を待つ
「ギュッして」
とチョット恥ずかしげ

左手で引き寄せて、両手で抱きしめる
正直、抱きしめるのは苦手だ
小柄な彼女の体を包み込む
力を入れすぎると
「パパ苦しいよ」となる
加減すると、右手が所在を失う
手を伸ばしたい先は幾らでもある
プリッとした彼女のお尻
もっと下に伸ばして
モチモチした彼女の太ももの感触を楽しみ
スカートの中に手を入れることもデキる

ただ、いま、彼女が俺に求めたのは
「抱いて」でなく、「抱きしめて」

俺の右手が行き場を失いサマヨウ
そんな俺の苦悶を知ってか知らずか
「パパ、大好き」などと勝手なセリフを吐く
そんな事を言われたら
「抱きしめる」から「抱く」
このギヤチェンジは、ヤスヤスとはできない
彼女が満足するまで、ジッと待つしかない

この歳になっても、抱きしめるのは上手くできない