映画「パパロッティ」

サンジン(ハン・ソッキュ)は、かつてオペラ歌手としてヨーロッパで舞台に立つ直前、のどの病気で断念した過去があった。今は片田舎の芸術系高校で漫然と音楽教師をしている。
ドクセン(オ・ダルス)は校長だが、サンジンの大学の後輩という微妙な関係。
そのドクセンから無理やり声楽指導を頼みこまれた生徒がジャンホ(イ・ジェフン)だった。

ジャンホはその素行の悪さで何度も放校となり転校を繰り返していた。
彼は祖母に育てられ、彼女の死のあと、途方に暮れた少年だったジャンホを育てたのがヤクザの親分。だがらジャンホは今でも高校生ながら、夜はナイトクラブ経営にかかわっていたのだ。

しぶしぶジャンホを引き受けるサンジン。
しかし、彼を自宅に連れてきて歌わせたとき、サンジンはその歌声に衝撃を受ける。
不良少年にはたぐいまれな才能が眠っていたのだ。

ドクセンは学校の名前を上げるために、ジャンホをコンクールに出そうとする。
レッスンのため、サンジンはジャンホの生活を根本から変えようとした。
このままヤクザの生活をさせるわけにはいかない。
サンジンは親分のところに頭を下げ、なんとか足を洗わせてほしいと懇願するのだ。

「足を洗う」条件に、反目するヤクザ組織へ「襲撃」に行くよう、ジャンホに命じる親分。しかしそれはケガ程度ではすまないことを意味していた。ずっとジャンホを可愛がっていた兄貴分のチャンス(チョ・ジヌン)は、いわば身代わりとなって出向き、対立組織に刺されてしまう。

家庭の温かさに飢えていたジャンホは、サンジンの家で彼の妻や息子と過ごしながら幸福をかみしめ、サンジンは、音楽への情熱をふたたびよみがえらせる。

コンクール当日、なかなか会場に現れないジャンホにサンジンはいら立っていた。
ジャンホは対立組織の男たちに見つけられ、暴力をふるわれていたのだ。はたしてコンクールに間に合うのか、そして歌えるのか・・

一昨年だったか、福岡のアジア映画祭でこれを見た友人から「とてもよかった!」と聞かされ、一般上映をずっと心待ちにしていた映画だった。
あらずじだけ聞くと失意の元トランペッターが中学校で吹奏楽の指導をして、生き生きとよみがえる「春が来れば」(チェ・ミンシク主演)と、つい先日見た、甲状腺がんに冒されたオペラ歌手が手術で奇跡の復活を遂げる「ザ・テノール」(ユ・ジテ主演)を合わせたような話だな、と思ってしまう。
だが、「パパロッティ」はベースはコメディ。冒頭からサンジンとジャンホのコミカルなやりとりが登場。学園内でも積極的なスッキ(カン・ソラ)と意外とオクテなジャンホとの会話は漫才のようだ。

ジャンホの歌唱シーンは、韓国のオペラ歌手のかたの歌声を使ってはいるが、それでも「誰も寝てはならぬ」の圧倒的な歌声を聴くと、まさにオペラ歌手のノドは神より授かりたもうたもの、と思ってしまう。また、物語は、実際に不良少年から更正して声楽家となったキム・ホジュン氏のエピソードを基にしているそうだ。
韓国映画の真骨頂である、笑わせて、泣かせるヒューマンストーリー。それがしっかりツボにはまって盛り込まれている。
サンジンとジャンホの師弟愛以上の絆に、思わず落涙。

もうひとつ、オペラ曲に加え、印象的な歌が登場。
それはサンジンが好きだという「ヘンボグル チュヌン サラム(幸せを与える人)」。
どこかなつかしい、わたしの青春時代に流行ったニューミュージックやフォークソングのようなメロディだ。オリジナルは韓国の「ヘバラギ(ひまわりの意味)」という男性デュオの1983年のヒット曲。当時は軍事政権下で、日本との交流も観光客の行き来もずーっと少なかったはずなのに、日本のヒットソングだ、と言われてもうなずきそうなメロディーラインなのだ。
不思議なものだ。わたしは初めて聞くのに、とてもなつかしく思うなんて。日韓のメンタリティーの近さを改めて強く感じてしまう。
あとで、福岡の友人(90年代初めに、韓国の大学で日本語講師をしていた)にメールで尋ねてみると、彼女も「ヘバラギ」のCDを在韓時代に持っていて、よく聴いていたのだという。

さて、この映画が上映されていた「シネ・ヌーヴォ」は大阪市西区にあり、今回初めて行ったのだが、アーケード商店街から路地に入ってまがった先の、住宅街の中にひっそりと建っている。
狭いロビーには「キネマ旬報」のバックナンバーが、茶色く変色した30年以上前のものからずらり。こだわりの映画館、という感じ。
当日、「パパロッティ」の観客はわたしともう一人の女性のたったふたりだけだった。
ゼイタクな空間ながら、いい映画なのに勿体なかった。
紅蜘蛛
威哥王