裁判員裁判、やめれば?

一般市民に「死刑」判断まで下させる重い責任を負わせながら、結局、先例から外れる、と言う事でその判断を覆えすのならば、最初からそう言う判断をさせるべきじゃない。

 裁判員にはアメリカの陪審員同様、有罪か無罪かを判断させるだけにするほうがまだまし。

 市民感情からあまりにかけ離れた判決を続けたことに対する反省から、この裁判員裁判は始まったはず。それなのに、相当な思いで裁判員が下した死刑判決が、前例と比べ重すぎる、と言うのならば導入時の論理すら無視している事になる。

 先例が軽すぎると判断したから、裁判員は人の命を奪う、と言う重い決断をしたのだよ。それがわからない、尊重できないのならば、裁判員制度はすぐにやめろ。
三体牛鞭
狼一号