定年後の再雇用で「給与引き下げ」は違法!? 「歴史的判決」が日本型サラリーマンを終焉に導く 一見、労

日本の雇用慣行が大きく崩れる!?

 定年後の再雇用でも業務が同じままならば、賃金を引き下げるのは違法――。そんな判決が5月13日、東京地方裁判所で下った。

威哥王

 さっそく朝日新聞などが画期的な判決だと1面トップで報じていたので、ご覧になった向きも多いだろう。企業では、60歳で定年を迎えた後、大幅に給与を引き下げたうえで再雇用する仕組みが定着している。それが違法だということになれば、大幅な制度見直しが不可欠になる。

 安倍晋三首相は「同一労働同一賃金」を目指すとしており、今回の判決はその流れと一致しているように見える。一方でこれまでの日本の雇用慣行を大きく突き崩す可能性も出てきた。

 今回の訴訟は、定年後に再雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのは違法だとして、定年前と同じ賃金を払うよう勤務先である横浜市の運送会社を相手取って提訴していたもの。

三體牛鞭

 佐々木宗啓裁判長は「業務の内容や責任が同じなのに賃金を下げるのは、労働契約法に反する」と認定。定年前の賃金規定を適用して差額分を支払うよう同社に命じた。

 日本では60歳定年制が定着しているが、2012年8月に成立した改正高年齢者雇用安定法によって、希望者全員を65歳まで再雇用するよう企業に義務付けた。年金の支給開始年齢が引き上げられるのに合わせて空白期間を作らないことが狙いで、再雇用義務の年齢を3年ごとに1歳ずつ引き上げ、2025年4月から65歳とすることが決まっている。2016年4月からは62歳までの義務付けが始まった。

 単純に定年を引き上げた場合、人件費が大きく増加することになるとして財界を中心に反対論が根強かったが、賃金の大幅な引き下げなど雇用条件を変更して再雇用することで妥協が成立。改正法が成立・施行された。

 一方で、ほぼ同じ仕事をしているにもかかわらず、定年後の再雇用で給与が激減することへの不満は根強い。とくに、ここへ来て人手不足が顕在化しており、給与引き下げに理不尽さを感じる人が増えているのも事実だ。

有識者も驚いた

男宝

 今回の判決で法律に触れるとされたのは、労働契約法の20条。

 有期契約の労働者と無期契約の労働者の労働契約に相違がある場合、「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と定めている。

今回の場合、有期の労働者とは定年後に再雇用されたドライバー、無期契約の労働者とは正社員のドライバーを指す。この法律に違反しているとされたということは、職務内容も責任も正社員時代とまったく変わらなかったのに給与だけが引き下げられ「不合理だ」と裁判所が判断したということだろう。

 今回の判決に労働法学者や実務家からは総じて驚きの声が上がった。定年後の再雇用に当たっては、国の雇用保険から、「高年齢雇用継続給付金」が支給される。つまり、定年後に報酬が減ることを前提に制度設計がなされているのだ。

 日本の終身雇用を前提とした給与体系では、若いうちは働きに見合う報酬は得られず、一定年齢以上になると働きに見合う以上の報酬を得る形になっている。同じ仕事をしていても、勤続年数が長い人が高い報酬をもらうという仕組みを許容してきたのだ。

 ここへ来て安倍内閣が実現を掲げる「同一労働同一賃金」では、欧米では、性別や国籍による差別の禁止に加え、年齢による差別を禁止する意味合いが強い。本気で「同一労働同一賃金」を突き詰めていけば、今回のように定年を迎えただけで賃金が下がるというのは「不合理」ということになりかねない。

上級審ではこの判決は修正されるという見方が強いが、もし仮に、この判決が上級審でも支持されて確定した場合、日本企業の雇用慣行を大きく揺さぶることになるだろう。
罠かもしれない

 65歳まで「働きに見合った報酬」を支払い続けることが義務付けられた場合、企業は、定年前の「働き以上に高い報酬」を見直さざるを得なくなる。「同一労働同一賃金」として説明のつかない手当などを廃止することになるに違いない。結果、若い社員の給与は相対的に上昇し、高齢者の給与は相対的に下がる方向に動くだろう。

 勤続年数が増えれば、同じ仕事をしていてスキルが上がらなくても賃金・手当が上がっていくという日本型サラリーマンの幻想が打ち破られることになるのだ。

 もちろん、労働組合が存在する大企業などでは、そんなに簡単に報酬体系の見直しはできない。そうなると65歳まで高い賃金を支払い続けなければならなくなる。そのしわ寄せは若い世代の新規雇用や給与水準に行く可能性が高い。ますます企業の活力が失われ、生産性が下がっていくことになりかねない。

 厚生労働省や労働組合や一部の学者の間には、定年から年金受給までの空白期間を作らないために、定年の延長を企業に義務付けるべきだ、という声がある。65歳どころか70歳にまで定年を引き上げよという主張がくすぶる。

 現在の法律でも、65歳まで定年を延長することや、定年制自体を廃止することもできる。実際に定年を延長したり廃止した企業もあるが、その場合、実際の働き方に見合った報酬体系に変更している企業が多い。欧米企業も定年がない企業が少なくないが、実績が上がらなければ解雇されるし、一定の年齢になると自分自身の意思でリタイアするのが慣行になっている。

定年後もそれまで以前の給与を支払えという今回の判決は、一見、労働者に有利な判決に見える。

 だが、「同一労働同一賃金」の哲学を突き詰めていくと、定年までは解雇される心配もなく、給与も安定的に増えていた従来の日本型の雇用形態が根底から破壊されることになりかねない。“守られてきた”日本のサラリーマンにとっては、厳しい時代がやってくる予兆かもしれない。