ある程度の安全対策は必要だが、

こういった統計を見たことがないのは、私の調査不足というわけではあるまい。King Wolf狼王戦宝


その統計というのは、視覚障害者の関係する鉄道などの事故の傾向値の統計。

と言うのは、以前にも書いたことだが、私の住む街には、今は筑波に移転した視覚障害者の訓練施設があった。
鉄道駅(当時の国鉄や営団地下鉄、あるいは都電)までは、点字ブロックもなく、バリアフリーでもなく、音声による誘導もなかった。
だが、皆様、白杖でコツコツ路面を叩きながら、私(当時幼児)などよりも足早にスタスタと移動されていた。
だから、子供ながらに本当は見えているのではないかと思ったこともままあった。

この当時、今よりも交通ラッシュはすごかったことを考えれば、遥かに多くの視覚障害者が転落するなどで死傷していても不思議はない。

だが、そんな話、親世代に聴いても知らないという。

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さて、一方でこんな話がある。
所謂高所平気症の話。
高さの間隔がなく、高層階から地上階へと落ちてしまう、特に乳幼児諸君がいるということ。
だが、一時期暮らした8階建て賃貸マンションでは、歩き始めた子供がしたいといえば、嫌な顔ひとつせずに階段で1階から5階や6階まで階段で行き来する親子がいた。
当然、始めのうちは階段からしょっちゅう落ちてはべそをかいている。
だが、さほど時間を経ずして、ゆっくりだが自力で昇降する。
目的階まであと少しの踊り場まで来て満足してしまい、出発階まで戻ってエレベーターに乗りたがるというおまけ付きで。
こんな子供たち、階段落ちを繰り返すことで高さの感覚を身に着けて、高所平気症になどはならなかったようだ。

これ、視覚障害者にとっても同じだろう。
あまりに安全対策を整備し過ぎると、”危険不感症”になり、逆に危険になるのではないだろうか。

無論、全盲の音楽家宮城音也氏が、トイレと間違って手動のドアを開けて出来に出てしまい、トイレに入るつもりで虚空の線路脇に踏み込んで演奏旅行中に没した事を再現させないため鉄道車両のドアが自動化されたことをけしからんと言うつもりはないし、当然の流れだろうとは思う。
だがホームドアなどは別だろう。

嘗て、視覚障害者諸氏は、白杖のコツコツという音と感触とで、ホームの端、階段の端、などを見極めておられた。
無論、血の滲むような試行錯誤と努力の賜物の成果だろう。

それを軽減するための安全策は必要だ。
だが、一切必要としないような対策は、逆に危険を惹起することになりかねまい。

必要性は十分認めるが、どこまで必要かについては十分に精査が必要だろう。
花痴

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