意気込みは評価するが、

構想の完遂は不可能だろう。

徳富廬花「みみずのたはごと」冒頭の「都落ちの手帖」に、興味深い記述がある。

廬花は、茅葺きの家に住みたかった。
しかし、東京市は既に市内の茅葺き屋根を禁じていた。

で、やむなく西郊、東京府豊多摩
郡粕谷村内の元農家に転居する。
市外への転居だから、都落ちと言う訳だ。

さて、この特区構想には、
致命的な欠陥がある。

それは、如何なる建造物も、精々難燃化は出来ようとも、不燃化は不可能だと言うことがある。

不燃化住宅とされる高層マンションを例に取ろう。
家具や内装、衣類や食品、みな、よく燃えるだろう。また、
忘れがちだが、住人こそが一番燃えやすい。

温度が上がれば、鉄骨すら無事ではない。

このタイプの火災については、知事の著作の一つ「日本の突然の死」(確か新潮文庫)にも言及がある。

延焼被害を防ごうと思えば、冒頭で触れた「みみずのたはごと」に出てくる粕谷村のような街づくりをするしかあるまい。
即ち、精々が二階屋まで。家の距離は最低でも一町歩は空ける。

さて、粕谷村で起きた火災はどうなったか?

村民総出で農作業中、偶然誰かが火災の煙が焔に気がつくと、消火用具置き場の鍵を取りに地区長の家へ走るもの、半鐘を鳴らすもの、現場へ直行するものなどに分かれたそうだ。
だが、田畑で火事に気がつく頃には火の手は屋根を突き破っており、けしにかかる前に丸焼けになっている。
東京市内は火事が多いからと預けられた晴れ着などが、そのために焼失したなんて言う話がある。
ま、そのくらいにしないと、延焼防止は成しがたいだろう。