避難4日目「避難所に入れない」「水・食料足りない」

避難を余儀なくされている人は11万人を超えていますが、4日目になっても避難所に入れないという人が多数いるようです。

 被害が特に激しかった益城町の避難所の17日の様子。着の身着のまま、町が運営する体育館に集まった人たちは1000人を超えました。しかし、廊下にも入れない人が500人以上いて、駐車場にとめた車や屋外にしいたブルーシートで眠れぬ夜をすごしています。
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 「余震が怖いです」(男性)

 断続的に続く余震。そして・・・。
 「着替えるものもない。そのままで出てきたから、もう3日目ですか」(男性)

 物資の不足。避難所側によりますと、「オムツなどは比較的に足りているが、特に水や食べ物が不足している」といいます。

 「水がない。お風呂にも入れない。着替えも何も持ってこられなかった。熊本全体が被害に遭っているので、 物資が届きにくくなっている」(女性)

 物資が不足する中、ようやくお店を開けたコンビニには、物資を求める人たちが作った長い列。しかし、商品が不足しているため、お店側から客に配られた紙に書かれていたのは、「御一人様10品までに抑えてほしい」とのお願いでした。
 「子どもたち、パンしか食べてないから、ありがたいです。これだけ買えただけでも」(女性)
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 一方、ようやく復旧したガソリンスタンドにも、燃料を求める人が列を作りました。
 「ガソリンもこれからなくなったら車を動かせないので、今のうちにガソリンを入れておきます」(男性)

 一方、大規模な土砂崩れが発生した南阿蘇村では、さらに状況は深刻です。土砂崩れで送電線がダメージを受けたため、村全体が停電しています。被災者の中には、懐中電灯の明かりで食事を取る人の姿も・・・。

 「毛布、食べ物、コメが食べたい。水・電気など全部足りない。こういう時は非常事態だから、協力しないとぜいたくは言えない」(男性)
 「トイレが汚いし、水が無いので。余震で(屋根が)上から落ちてきそう」(女性)

 地震によって避難を余儀なくされている人は、熊本県内で11万人以上。いまだ6万戸以上が停電しています。

 そして、今、水の問題が深刻です。断水は39万戸以上にのぼります。熊本市全域が断水していて、自宅生活者も水の配給に訪れるため、市役所には多くの人が列をなしていました。

 「14日の午後9時半ごろの地震からすぐ止まった。断水3日目です」(女性)
 「きのう来たが給水が終わっていて、次に来るのが1時間半後と言われ待てないので諦めて帰った。きょうはお米とかとがないといけない」(女性)

 避難所となっている熊本市内の千原台高校の避難所では、ノロウイルスが発生しました。避難生活は長期化する可能性が強くなっていますが、限界を迎えつつあります。

給付型奨学金を創設=無利子も拡充―安倍首相

安倍晋三首相は29日夕、2016年度予算の成立を受け、首相官邸で記者会見した。

 大学生らを対象にした国の奨学金制度について、首相は「本当に厳しい状況にある子どもたちには、返還が要らなくなる給付型の支援によって、しっかり手を差し伸べる」と述べ、給付型奨学金を創設する考えを表明した。今夏の参院選から選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられる見込みのため、若者支援拡充をアピールする狙いがありそうだ。
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 首相は「家庭の経済事情に関係なく、希望すれば、誰もが大学にも専修学校にも進学できるようにしなければならない」と強調。給付型奨学金に関し、首相は25日の国会答弁で「全面的に否定的なことを言ったことはない」と含みを持たせていたが、会見ではより踏み込んだ。
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 国の奨学金制度は文部科学省所管の独立行政法人「日本学生支援機構」が運用。返済が必要な通常の奨学金には無利子型と有利子型がある。首相は「可能な限り速やかに、必要とする全ての子どもたちが利子のない奨学金を受けられるようにする」と明言。返済についても卒業後の所得に応じて軽減措置を講じる方針を示した。

森五輪組織委会長、一番悪いのは馳浩文科相「聖火台のない国立は風呂のない家だ」

2020年東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場の聖火台設置をめぐる問題で、大会組織委員会の森喜朗会長(78)が5日、建設の事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)と馳浩文部科学相(54)に責任があると発言した。
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 森会長はこの日、山梨・甲府市内で行われた「ラグビーワールドカップ2019日本大会を成功させる山梨の会」の設立総会の来賓あいさつで、設置場所が決まっていない聖火台問題に言及。山梨県内のスポーツ関係者や政財界約500人を前に「聖火台を忘れてオリンピックの競技場を造るというのは、親が家を建ててあげて子供たちが喜んで入ったら、トイレも風呂もなかったという感じですよ」と批判した。

 さらに「日本スポーツ振興センターという少し頭のおかしな連中が、聖火台を忘れた設計図を作った」と指摘。聖火台の設置場所を巡る混乱に「組織委員会ばかりが悪者」「私が悪いと怒られる」などと批判を受けていることに対し「一番悪いのは馳浩(文科相)です。文部科学省です」と言い放った。
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 森氏にとって、馳氏はまな弟子。1995年に当時自民党幹事長だった森氏は、参院選石川県選挙区で馳氏を擁立し初当選させた。以来、馳氏は森氏と同じ文教族。昨年12月、新国立競技場のコンペで森氏が「B案の方がいい」と発言した際、馳氏が「そんなこと言っていいのかな」と疑問を呈する場面も。

 聖火台の設置場所について、JSCは競技場の外にするよう組織委に提案。しかし、国際オリンピック委員会は原則として聖火台は「五輪スタジアム内の観客全てから見える場所に設置するべきだ」と規定している。組織委によると、過去の夏季五輪で場外に聖火台が設置されたケースはない。政府は今後、設置場所を検討するチームを発足する予定。競技場の内外どちらに設置するかなどの大枠を4月中にも決める方針だ。

ジカ熱、成田空港検疫スルー 水際対策に限界 申告なし、潜伏期間か

川崎市の男子高校生のジカ熱感染について、厚労省は、高校生が帰国した際に成田空港の検疫所では自己申告がなかったと明らかにした。サーモグラフィーでも検知できなかったことから、水際対策の限界が指摘されている。検疫所は「ジカ熱は潜伏期間が比較的長く、熱も上がらないため、検疫を通過してしまう可能性はある」としたうえで、「不安のある人は相談室に立ち寄ってほしい」と引き続き注意を呼び掛けている。
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 ジカ熱感染の高校生が帰国時に通過した成田空港では、ジカ熱を診断した医師に保健所への報告を義務付ける政令が施行された今月15日以降、水際対策を強化していた。

 同空港の三つの旅客ターミナルには計7カ所の検疫ブースがあり、ブースを通過する入国者に対してサーモグラフィーによる体温監視を従来から行っていた。15日からは、発熱を感知した人らを検疫ブースに隣接する健康相談室に呼び込み常駐の医師が診察。渡航先で蚊に刺されたかどうかなどの状況を聞き取り、血液検査で感染の有無を調べる体制を取っていた。
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 しかし、厚労省によると、感染の高校生が帰国した際には同検疫所を通過したが、サーモグラフィーでは検知できず、自己申告もなかったという。同検疫所は「感染した人が帰国したとしても、症状が出ない潜伏期間中なら検疫を通過してしまうことはある」として、出入国者への注意喚起を継続する。

 塩崎厚労相は26日の閣議後の記者会見で、症状がない患者も多いとして「水際対策だけで十分だとはもともと考えていない」と説明。25日夜に開かれた関係省庁対策会議で「流行地への出国者への注意喚起をさらに徹底することを申し合わせた」と強調した。

『あさが来た』モデルの生家 今は京都のホテルで6500円~

放送開始から13週連続で平均視聴率20%超えを達成するなど大人気のNHK連続テレビ小説『あさが来た』。波瑠(24才)が演じるヒロイン・あさのモデルとなった人物、広岡浅子は1849年10月18日、豪商の三井家に生まれた。生家は、京都の油小路にあり、17才で大阪に嫁ぐまで過ごした。現在、その場所はどうなっているのか。
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 京都駅から車で約15分、京都御所にほど近い場所を訪れてみると、出水橋のほとりに白壁のホテルが建っていた。全94室、洋室も和室もあり、宿泊価格は6500円前後~と、ビジネスにも観光にも適している。外見は洋風で、大きな木や緑があり、自然を感じさせてくれる佇まいだ。このホテル・「ホテルルビノ京都堀川」副支配人の辰巳喜則さんが言う。

「このホテルは昭和47年に建てられました。当時の職員はすでに退職してしまっているので、面影がどの程度あるのかということはわかりません。ただ、庭にある庭石や灯籠などは当時のものではないかといわれています」

 ホテルの表には「生誕地」という看板も置かれ、“あさファン”の姿も見かけるという。

「『あさが来た』のガイドブックを持って訪れるかたは想像以上に多いです。“庭石はどこにあるんですか?”などと聞かれることもあります。生家が残っているわけではないのに、朝ドラパワーはすごいですね」(辰巳さん)
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 実は、京都市内で“あさの家”の知名度は高くなかった。油小路で生まれ育った72才の女性は、「三井家の別荘」というくらいの認識。だが、子供の頃に中に入ったことがある。

「地蔵盆といってお地蔵さんの供養をする集まりを三井さんのお宅でやらしてもらって、昔やさかい、もう忘れたけど映画なんかを映さはって、50人くらいでしたかねぇ、集まって見ましたよ。あさちゃんが生まれはったとは知らんかったですねぇ。テレビ見たら、ようけ部屋があってびっくり(笑い)」(72才の女性)

 油小路で育った60代の男性も、同じく「地蔵盆」の思い出を振り返った。

「三井さんのお屋敷っていうのは知っていたよ。京都に3~4つある。地蔵盆以外にも、中に入って遊んだこともあったな。普通の庭じゃなくて広いから、かくれんぼとか、缶蹴りとかしたなぁ」

 地蔵盆の夜は、庭で肝試しをしたこともあるそうで、よっぽど広い邸宅だったようだ。