今だからこそ知りたい『楢山節考』

5、6年ほど前にホームヘルパー2級の実習で身体障害者施設、高齢者福祉施設で実習をつみ、社会福祉主事任用資格を得るために精神科病院で実習をし、今アルコールや薬物依存症などのリハビリ施設で勤務する私としては、このようなニュースに触れるごとに身近な問題として様々な思いがよぎる。そしてなぜ私は高齢者施設で勤務できなかったを思うとともに、小説としても映画としても知られる、特にリメイクされ1983年に『戦場のメリークリスマス』を凌いで、カンヌ映画祭パルムドールを獲得した『楢山節考』(今村昌平監督)を思う。

個人と家族の幸福が最優先なのか?共同体の生き残りが優先されるのか?これがこの映画のテーマであると思うが、はたして今回、徘徊ばかりしているからプロレス技を支援者からかけられてストレス発散させられたり、動物のような名前で呼ばれることは個人の幸せなのか?とも思う。

楢山節考は、明治期の山中の寒村が舞台。農耕の営みの中で、高地であり農作物も十分育たない地域で守られるべき村の掟には、「結婚し子孫を残せるのは長男だけ」 「他人の家から食料を盗むのは重罪」 「70歳を迎えた老人は『楢山参り』に出なければならない」。
というもの。楢山参りとは、遠い楢山という山奥に長男に背負われ、置き去りにされるというもの。足腰の弱まる高齢者の方は戻ってくることができず、飢えや事故などで死を余儀なくされる。翌年には楢山に向かうことになる、老女おりんは長男(緒方拳)の妻が死んだことで新たな奥さんを見つけること、村の掟から結婚できない二男(左とん平)は口臭がひどいことから村でも嫌われ、かわりに獣姦していることからも頭を悩ませる。1年以内になんとか心配を解決して、楢山に向かうため様々な試みをする。そんな中で、長男は愛すべき母親を楢山に連れていくことに悩ませる…
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