おんぼろ大型車ならよくあること

危険なMTは禁止しましょう。 AT変速機なら、こんなことにはならない。

 それはともかく、記事の中で「専門家」さんが、しきりと正論を言ってるが、
 大型車を運転したことのあるひとなら、不都合な現実を知っているはず。
 特に、おんぼろな大型車に重量のかかった状態だと、その運転挙動は、普通車ではありえないくらい、運転者の操作に従ってくれない。
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 ハンドルを切っても、思うように曲がってくれない。
 曲がると遠心力が想定以上にかかって、横転する。
 とまらない。ギアがはいらない!

 まあ、怖いよ。

 会社のトラックに商品を積んで、本店まで50kmくらい運転していく業務があったんだけど、
 びっくりするくらい、普通車とは感覚が違う。
 とにかく、スピードが出せない。
 出しすぎたら確実に事故を起こす(止まらない、曲がれない)のが、感覚的にわかる。
 下りのカーブとかもう、恐怖しかない。
三便宝
 で、ギアチェンジも苦労した。
 普通にシフトアップしようとしても、ギアが入らなくてオロオロ。
 ダブルクラッチで入ると気づいてからは、丁寧にWクラッチ踏んでギアを入れた。
 でも、積載重量のおかげでブレーキがきかないのと、高重心でカーブが曲がらないのは、どうしようもない。
 とまれぇぇぇぇぇぇ!と必死にブレーキを踏んで、横転しないでなおかつガードレールにも接触しないで、下りカーブをクリアするのには、慣れが必要でした。

 ま、慣れれば危険性は低下するんですけどね。

 そんなわけで、「フットブレーキで充分に止まる」とか、「減速すればシフトダウンできる」とか、
 理屈ばっかりいってる専門家は、確実に「オンボロ大型車」を運転した経験がない。
 一度でいいから、荷物満載の中古トラックでダウンヒルをやってみればいい。

グループリーグを終えて

グループリーグ3戦連続無失点の日本代表が、ベスト8進出を決めた。正直、この3戦は日本云々よりも相手が不甲斐なかった。過去の予選リーグを観ても、ここまでレベルが低いのは記憶にない。相手の攻撃にほとんど意図が感じられない。こんな体たらくじゃ、予選リーグなんていらない。8チームも出場すれば十分。アジアサッカーの未来が心配だ。
三體牛鞭
日本の攻撃は改善されつつあるものの、まだまだミスが多かった。致命的なミスも何度かあり、アジアじゃなければやられていた可能性は高い。平凡な相手にお付き合いしているようじゃダメだ。

ベスト8の対戦相手は、UAEに決まった。中東勢にしては珍しく、パスワークに新境地を見せたチームである。10番アブドゥルラフマン選手は、今大会屈指の攻撃センスの持ち主。司令塔の存在によって、チーム全体が有機的に動けている印象だ。
五便宝
日本相手にどこまで攻撃的なサッカーが出来るか。チームの現状を知る絶好の機会となる。日本としては、フィジカル全面のサッカーより与しやすいかもしれない。警戒したいのは、前線の個人技を生かしたカウンターだろう。UAEが勝つなら、1対0で逃げ切る形に尽きる。

ウズベキスタン、韓国、イラン。嫌だなあと思うチームは、みんな逆ブロックに入った。UAE、中国、オーストラリアは、いずれも発展途上のチーム。中国の予想外の快進撃だけが、日本の脅威か。

決勝は、やはり韓国戦を期待したい。けが人続出で満身創痍とはいえ、しっかり勝ちきる底力がある。決勝での日韓戦となれば、互いに燃え上がる物があるはずだ。結果はともかく、興味深い試合が期待できそうだ。

政教分離の嘘八百

流石に控えめな表現になっては居るが、相も変わらず殊更に書き立てることで”宗主国様“に御注進に及び、忠誠ぶりを示したいと見える。

さて、非難する諸君が、よく持ち出すのは、
1、戦犯問題。
2、政教分離問題。

何れも、大切な問題であるが、非難する諸君も、擁護する諸君も、共通して無視している事共を何とかしない限り、何時になろうとも、同じことの繰返しだ。
大印象
まず1つ目。
戦犯問題は、法的手続きの齟齬が原因だ。
つまり、この齟齬を解消しない限りは、解消しまい。
それは、近代法で禁ずる事後法禁止の問題。
戦犯の罪状が、事後法に由来することが、賛否両論を産む。
よく引き合いに出されるドイツの場合はどうか?
こちらは東西ドイツ成立以来、当時の国内法や軍法に基づき裁判をやり直し、事後法問題を解消し、現在に至るまで戦犯を追い続けている。
この国でも、昭和30年代にでも決着しておくべきだったろう。

二つ目は、些か厄介だ。
程度問題だからだ。
常識的な範疇として、ある宗教行事に参加する場合、その宗教、宗派の作法を守ることは、この原則には触れず、守らないことこそが、触れるからだ。
政教分離原則は、元々キリスト教と言う共通の土台の上にあるカソリック、プロテスタント、その他の宗派を、分け隔てなく扱うものだ。
だから、英国国歌は「神よ!女王を護りたまえ!」と歌うし、アメリカ大統領は、就任宣誓に聖書を使うと定められている。
後者について、ムスリムからの抗議があると言う話を聴いたことがない。
消渇丸
つまり、キリスト教会や施設では、讃美歌や礼拝の方式について、キリスト教の作法に従うことは、この原則には抵触せず、逆に違う方式を意図的に行えば、抵触することになろう。

これは、仏教や神道についても同様だ。

つまり、多くの神社に共通する参詣方式たる「二礼二拍手一礼」を採用する靖国神社に於いて、これ以外の方法での参拝は、厳密に言えば問題ありだ。

もっとも、神道は寛容だ。

一度ならずやソフトクリーム、菊花、桜花等に吊られて行ったことがあるが、数珠を持ちモゴモゴやるもの、十字を切るものを一度ならず眼にした。

さて、もっとも厳格に政教分離原則を適用したら、どうなるだろう。

スコシ検討してみよう。
先ずはカレンダー。今使われているのは、修正グレゴリオ暦。つまり、キリスト教、しかもローマンカソリックを贔屓にすることになる。次いで休日。週休二日制で休みとするのは、土曜日と日曜日。言うまでもなく、ユダヤきょうとキリスト教の安息日。つまり、この二つの宗教を贔屓にしていることになる。クリスマスもそうだ。

つまり、どこかで折り合いをつけなければならない。参拝を問題視するならば、このような点について、きちんと見解を示す必要があろう。因みに私自身は、自らの宗教感とは別に、その宗教の遣り方を基本的に尊重している。だから、教会式の結婚式では讃美歌を唄うし、仏教式の法要なら念仏や題目を唱えることに躊躇いはない。
  • 日記 |
  • 2016-05-04 14:50:26