よみがえる「調子に乗るな」

昔、私が幼い頃、やはりおもらしの常習者だった。保育園や幼稚園でやったことはないが、自宅ではしょっちゅうだった。小学校入学前後まで続いていたと思われる。
夜明け前。決してトイレの夢を見ていたわけではないものの、前夜に念入りにおねしょをしないようにトイレで尿を振り絞って眠ったにもかかわらずお尻の部分が温かいことを知り、愕然としたことが何度もあった。夜明けまでになんとかならないだろうか?自分はそこから夢の世界に逃避した。夢の中では、自分は夜のうちに押入れの中のほかのシーツをひっぱり出し、ドライヤーで乾かして、知らんふりで寝息を立てていた。そう願っていた。願いえば願うほど、それが真実であるように思えること、ないものもあると信じられることを、幼い日々に知った。
「もう朝よ。あんた、布団ほすから、シーツ出しなさい」とそんな朝に限っていわれる。自分は目覚めてもうすでにおねしょしたシーツも布団も存在しないために、いやな夜だった…と振り返って身体を起こす。するとやはりお尻も濡れたままだ。絶望感が全身を貫いた。寒気のような感覚。これは決しておねしょで濡れたお尻や股間、布団が冷えてもたらされたものではないことを知っていた。この後に起こる拷問のような時間だ。

自分がもじもじしながら母親にシーツなどを持ち出せないと告げると「また、まさかお前やったんじゃないの?!」というので、うなずく。その夜に待っているのは、酒を浴びるように飲んだ父親が私をたたせたまま「おめえ、調子のってんじゃねえぞ。今回で何度目かわかってんのか?そんなションベン調整できねえような子供に産んだ覚えはねえぞ。てか、こんなだらしねえ子供に育てたのはだれなのかな?」と母親にねちっこく子供の失態を母親にぶつけて、日頃のウサを晴らすのも父親のやり方であることを私は知っていた。おねしょするたび、その罪深さは、母親を通じ父親に報告され、父親が酒と職場での怒りを私に転嫁し、加えて母親も巻き込んでいく…そんな流れが私は苦しくてたまらなかった。私のおねしょを通じ、母親も、時には私の面倒をみる祖父母さえも責められる。私のおねしょが、社会の全ての問題の諸悪のように扱われることが悲しかった。「おめえ、また調子に乗ってションベンもらしたら、ちんちん縫い合わせるぞ!」といってひっぱたく。
淫インモラル
狼1号
RU486