戦前までの日本は野蛮だった

と、言う教育を受けていた世代ですけれども、実際には違うってのはなんだかんだで
知っていくわけですね。

百姓一揆だって、余程の旱魃の時で無い限り起こってないとか、実は農民はそんなに
苦しい生活を強いられていないとか、ドラマのための方便を使ってるんだよという事を、
作る側も言ってたりしましたからねえ。

これを利用して、日本は野蛮だった論を展開してたのが日教組ってな感じで日教組を
守るために、必死でだから日教組が野蛮な時代に戻らないように先生たちを守ってる!
とか言う論調だったような。

さらに、そのために出てくるのが戦前の日本ほどではないけれど今の資本主義も
非人道的だからソ連さいこー!な事言うのもいましたねえ、と。

で、結果的にどうなったかっていうと、日教組先生の御眼鏡に適わない生徒は
いじめを誘導させるという、野蛮通り越して悪逆非道な世界を作り上げてましたが

いじめられた側が先生の嫌いな生徒だと原因はいじめられた側にもあるのじゃないか?
なんて平然と言うのが日教組先生です!
と言っていい位の暴虐でしたねえ

で、現在は、センセイがいじめを黙認したり見逃したりとかしてもそういう非人道的な
人を守って被害者を見捨てるような事をしてるわけですからね。

そりゃあ、ソ連が崩壊するわけだな!

清水さんを思い出した。

清水さんを思い出した。
清水さんは掃除のおばさん。病院の掃除のおばさん。
病院に母が運ばれて死にそうだった頃、私は車も運転できなかったのでずっと病院の家族控え室に泊まっていた。たまに風呂に入りに家に戻った。いや、割と頻繁に戻っていたか。親戚などに助けられ、数時間病院に居てもらい。
そのころ清水さんと知り合いになった。知り合いといっても、転院以来会っていない。
私は家族控え室の主となっていた。清水さんは各病室の掃除もしていたので、私が何階のどこの部屋の付き添いか知っていた。清水さんと時々話をするようになった。トイレの掃除の仕方や、掃除仲間の人の噂話、キムチのこと。清水さんはキムチを漬ける名人だった。
ある日清水さんは自分の漬けたキムチをくれた。とてもこくがあっておいしかった。評判が良いんだよ、と自分で言っているだけあった。丁度りんごの時期だったので家でとれたりんごをあげた。清水さんはとても喜んでくれた。
清水さんは60過ぎで結婚をしていなかった。一人で暮らしていると言っていた。自分くらいの年になると仕事がない、でも一人だから頼る人がいないから何とかして生きていかなくちゃならない、と言っていた。清水さんは「一緒に居なさいね。お母さんとずっと一緒に居なさい。私は母を19のときに亡くした。交通事故だった。今でも後悔してるよ、もっといろいろしてあげれば良かったって。でもいくらいろいろしてあげたって、死ぬときは後悔するものだよ。だからできる限りそばにいていろいろしてやって。」と言った。「良くなるといいね。」と清水さんは言ったけれど、その頃は同じ病室の人が日々死んで行き、うちの母もどうなるか分からない状態だった。家族控え室に泊まる人が入れ代わりたちかわりだったのもそのせいだった。付き添いをしても、数日して亡くなる。
弟さんの付き添いをしていた女の人としばらく家族控え室で一緒だった。私はあまり話をしたことはなかった。私の伯母話をしたらしくて「弟さん、癌だって。本人には言ってないんだって。」と言っていた。ある日私がお昼ごはんを外に買いに行って戻ったとき、エレベーターのところでその女の人と会った。「がんばってくださいね。」とにこっと笑って足早に去った。「はい」と反射的に返事をしたものの意味が分からず、しかし振り返ると彼女の手には布団などの荷物があり、病院を去るところだと分かった。弟さんは亡くなった。
母から目を離すのが怖かった。だって、入院してる最中に脳梗塞になった瞬間だっていつも一緒に居る人でないと変化に気づかなかったでしょう。話しかけても返事がないのは、人工呼吸器で口がふさがれているからって理由だけでなく、目線が急に定まらなくなったこととか、急に何も聞こえていないような表情になったこととか、いくら「完全看護ですから大丈夫ですよ。」って言ってても、そこまで注意して見ていてくれるわけではなかったでしょう。私が母の変化に気づいたのも偶然に近かった。起きて、伯母と交代した数分後のことだった。完全看護ってのは無理だと思う。そのとき正月2日だったし手薄だったし。CTさえすぐに撮れなかった。

映画日記 『思春期ごっこ』

日曜日は雷蔵の映画2本に続き、もう1本見てきた。

2014年11月30日(日)

『思春期ごっこ』(2014年)
倉本雷大:監督
駅西・シネマスコーレ

女子中学校に通うタカネは、クラスメイトのミカが大好き。
絵が得意なタカネは、読書するミカをモデルに、油絵を制作している。
誰もいない放課後の美術室で、二人っきりの濃密な時間が過ぎていく。

ミカは文学少女。
通っている女子中学校の卒業生で、かつて在学中に小説家デビューしたナミエの存在を知って、自分でも小説を書き始めていた。

タカネは、クラスメイトのミカが大好き。
愛くるしいミカを見ているだけで、胸が苦しくなってくる。
ある日、水泳の授業を休んだミカのスクール水着を、タカネは盗み出してしまった。

ミカは、いつも利用している市立図書館で先輩であるナミエの本を借りようとした。
しかし、図書館にはナミエの本が置いていなかった。
落胆して帰ろうとするミカに図書館の女性司書が声をかけた。

タカネは、ミカを押し倒し口づけをする自分を夢想する。

ミカに声をかけた女性司書が、ナミエだった。
またたくまに、ミカは憧れのナミエに夢中になる。

タカネとミカ、ミカとナミエ。そしてナミエに嫉妬するタカネ。
少女ふたりと一人の女の運命が交錯していく・・・・

こういう女の子同士の恋愛とも友情ともつかない関係を描くガールズムービーは、日本映画のお家芸。
中原俊監督の『櫻の園』がその代表格だ。見ようによっては『下妻物語』もそうか。
同じような題材を扱った『アデル、ブルーは熱い色』と比較すると、その違いがよく分かる。
ひとことで言えば、欲望のおもむくまま盛大に腰を振り合う『アデル~』と、惹かれ合いながらも腰を振らない日本製ガールズムービーということになる。

日本製ガールズムービーの原点は、きっとタカラヅカだ。
となると、タカラヅカのルーツを探していくと、いったい何につきあたるのだろうか?

ごちゃごちゃと思いつきを書いてきたが、こういう日本製ガールズムービーというのは、実はボンクラなニッポン男子の妄想なのではないかと思う。
本作を見た日、場内の観客はほとんどが野郎たちだった。
もしも、現役の女子中学生や女子高生たちが本作を見たら、きっと「バッカじゃないの!!」の、ひと言だ。

タカネ役を未来穂香、ミカ役の青山美鄕は『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』で三つ子姉妹を一人で演じていた女優さんだ。
そのほかにも脇役で登場する女子中学生役の女の子たちがみんな可愛い。
特に、目力のある未来穂香に注目だ。

元気なおばあさん

日曜日に所属しているサイクリングクラブの朝練習に参加しました。
 駒込の会長の家に集合し、そこから本郷通りを都心に向かい、皇居
を周回するコース。その周回中のことです。
 皇居前広場のあたりで、前を走る人の背中に何か書いてある布が張
ってある。近づいてよく見ると、「高齢者です。お先にどうぞ」という文字
でした。乗っていたのはおばあさん。クラブのメンバーが並走しながらお
尋ねすると、「91歳です。上野の稲荷町からきました」とのこと。自転車
は富士自転車というメーカーのホリゾンタルというれっきとしたロードレ
ーサー。チタンを多用して軽く造ってはありますが、91歳なら普通は杖
を使って歩くのが精一杯でしょう。脚が弱っている人は電動の車椅子
を使用されています。それが、ゆっくりしたスピードながら一定のペース
で、ふらつきもせずしっかりと走られておりました。
 いやあ、お元気です。自分もあの年齢まで走れるだろうか、と考える
と自信がありません。もっと頑張らないといけませんね。

インディーズを名乗るアマチュアたち

路上ライブって聞こえはいいですが、近隣の商店からの苦情や警察管に見つかれば
すぐに中止をせざるを得ない音楽活動なのです。(できれば箱を利用しましょう!)

不特定多数に聴いてもらえて、無許可の露天商まがい・・・であること間違いありません!
たまたま暇な時間があり、立ち止まり、自費出版CDが数枚、売れたりもするかもしれない。
しかし、路上から箱(ライブハウスの動員)につながるものではありません!
基本的に路上ライブのお客さんは、お金が無いのですからチケットを買うお金ありません!
無料(タダ)だから、暇だから、立ち止まって聴いてもらえているだけです。

寒い中、違法な行商をいつまでも続けるつもりでしょうか?(許可を得た箱で勝負しましょう)

自分が「やりたいからやる」では、誰の心に響く音楽も生まれないし、届きませんよね?
数だけ増えるインディーズを名乗るアマチュアたち、成功を祈る!お疲れ様です。