塑性変形

感情とは裏腹の笑顔で
仕事をこなしている

体が社会に適応した・・・

いや、むしろ
変形したと言うべきか

幼い子供は感情が明らかに表情に出る。悲しければ無くし、嬉しければ笑う。実に解りやすい。
感情と違う表情をするのは、相手に対して何かを隠したいときである。

何故隠さなきゃいけないのだろう?
感情をそのまま顔に出すことで、相手の気分を害してしまい、その後の人間関係に影響を与えるのを避けるため・・・って事が多いはず。
まあ、相手が嫌いで気分良くされると困るから、笑いそうなところを堪えて怒って見せることもあるだろうが。

仕事の上では、そういう単純な駆け引きの他に、「感情的になって職場で浮いた存在になりたくない」とか「すぐ顔に出ると子供に思われる」とか若干複雑な事情も絡んでくる。
顧客とか上司は必ずしも耳に優しい言葉ばかりを発するわけではない。
カチンと来ることやムカつくことは度々ある。

しかし、それを顔に出さない。
社会人としての経験が長いほど、顔に出さないことに対する努力量は少なくなる。
「ムカッと来たけど、ここは我慢だ、じっと耐えるんだ!」などと心の中で唱えなくても、さらっとした笑顔でかわせる様になってくる。

ただ、これだけ永い社会生活になってくると、それは、順応とか適応とか言う半端な状態では無くて、波に削られた岩礁のごとく変形したのでは無いかとさえ思える。
工学的な話で恐縮だが、粘土のように一旦変形してしまうと元の形に戻らない変形を塑性変形と言い、バネの様に変形した後に力を緩めると元に戻る変形を弾性変形という。

若い頃は弾性変形だった。
変形させておくには力を加えておかなきゃいけないので、努力が必要だったが、オフには元に戻れていたはず。
歳を重ねて、塑性変形の今は形の維持に努力はいらないが、力を抜いて完全に元へと戻ることができない。

いびつに歪められた粘土よろしく、しっかりと塑性変形してしまった大人の自分を嘲笑してしまいそうになる・・・・・。
狼一号
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