やけくそ親父

やけくそ親父

あの戦が終わった時、親父はやけくそで遊び呆けていた。

やけくそだったのは終わった時に始まったことではない、
おやじが溶鉱炉の煤塵に塗れて造った戦艦の鋼板が、
いとも簡単に爆雷で突き破られて海の藻屑となって沈んだ時も、
蒼蝿水
そのあとに海域防衛線が打ち破られて、
米軍の軍艦による艦砲射撃で鉄工所を爆撃されて死に損なった時も、

いや、その前に、
中学にも行かせてもらえずに富士鉄室蘭の溶鉱炉職員になったときだって、
おやじはやけくそだった。
大印象
今度は本土決戦だ
鬼畜アメリカ・ロスケが上陸して来たら
三八銃なくたって、竹槍で突っ込んで玉砕してやる!

そう思いながら
酒に煙草に女に麻雀、将棋に玉突き
遊び呆けていた。

戦に敗れた冬、
一家が流行性発疹チフス隔離され、
これまた死に損ねて生き延びたら
両親死んで残された幼い弟妹
こいつらもやけくそで育てて高校、大学まで出して、

おふくろを嫁に入れて俺が生まれ育ったころには、
やけくそな顔の写真は一枚もないが
笑顔にやけくそ隠して、
生きていたに違いない。

親父が死んだ年に俺も近づいて、
ふと俺はそう思う。
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