来年の干支のハンカチと手拭

東京の友達で染色工芸家の高木尚子さん(亡き父親の名を襲名し2代目空木)から羊のモチーフのハンカチと手拭が送られて来ました.とても有難い事で、毎年送られて来て一回り近く経ちます。 郷土玩具の土鈴の羊で、彼女の手にかかるとそれは柔らかい感じの可愛い羊となります。 ハンカチと手拭は毎年堀之内の妙法寺に年賀参拝客の為、数百本卸されるそうです。

2012年にはサンデイエゴの美術館で初の海外個展(父娘展)を3ヶ月間開き、私も前夜祭に彼女のデザインの帯を締めて出ました。個展は成功裡に終わり、この10月にはその凱旋展を父親の出身地の栃木県の地元美術館で行ったそうです。 そして彼女の作品も其処で永久保存されるそうです。 芸術活動40数年で身辺整理を考えてるとありビックリ、結婚もゆっくりで、彼女の代で其の技術が絶えてしまうのは本当に残念な事です。

毎年覚えられて干支の縁起物を送られるのは嬉しい事この上もない事です。 里帰りの時は彼女の自宅兼工房を訪ねたいと思いながらもう5-6年経ってしまいました。

花冷えや最後のレッスンフォーレ弾く

昨夜 久しぶりに我が家のピアノがなりました。

1年半ほど前

花冷えや最後のレッスンフォーレ弾く
暗譜せし曲全て弾く弥生尽
10年弾きしピアノ磨けり春の宵

3つの句を残して娘はピアノのレッスンをおしまいにしました。
その後 音を確かめるために弾いたことはありましたが
曲を弾くことは無かったのです。

本棚から出してきた楽譜集の中から
彼女が選んだのは
滝廉太郎の 「憾」でした。
昨年 音楽の授業で滝廉太郎のビデオを見たときに
聞いた事があるのだそうです。

10年習ったにしては あまり上達しなかった娘ですから
すぐに弾けるはずはありません。
30分ほど練習していました。
オクターブが続くので 綺麗に音がつながらないのだとか・・・

なぜ急に 憾 なのかと思い聞いてみました。
23歳という若さで結核のため亡くなってしまった滝廉太郎が
亡くなる4ヶ月前に作った曲だそうです。
怨みや恨みでなく 憾みは 心残りがある事 無念 残念というような意味なのだとか。
もっと生きて曲を作りたいという強い思いにより作られたこの曲と
先日無言館で知った 戦没画学生達の作品と
重なったのだそうです。

戦争によって 病気によってと 状況は違っても
もっと作りたいと思う気持ちを抱えながら
死んでいった青年という意味では
同じなのでしょう。

自分は 彼らに恥じない生き方をしようと思い
その気持ちを忘れないためにも
この曲を弾きたいのだそうです。

綺麗に弾けるようになるのは とんでもなく先になりそうですが
毎日5分でも練習するとの事。
その日を楽しみにしようと思います
彼女は 変わった子なんです。
単純というか純粋というか・・・

チベットの問題が大きく報道されたとき
あれこれ調べたりしたらしいのですが
世界の中で こんな酷い目にあっている人がいるというのに
能だとか 勉強とか言っていて良いのだろうか
贅沢すぎて 申し訳ないと泣いていました。

なんとか話をし
今できることを精一杯やって
将来社会に影響力のある人tになり
世界平和を訴えようという事で収まりました。

誰もが彼女のようでも 大変なことになってしまいますよね。

私はassimilateさん 偉大だと思っています。
assimilateさんのような方が 世界の音楽史や美術史 文学史を
作ってきたのではないでしょうか?