ばたばた

源泉徴収で大弱り、でございます。

いや、正確に言うと、源泉徴収の計算なんかは年末のうちに全部やっちゃってあるし、もちろん納付も完了している。
困っているのは、今月末までに各市区町村に提出する「給与支払い報告書」の処理について。
三体牛鞭
いや、これもすでに記入は終わっていて、会計事務所の人にチェックもしてもらってるし、それはいいんだけど。
じゃ何に困ってるかって、この「給与支払い報告書」が3枚もしくは4枚複写になっていて。
普通は3枚複写で、上2枚を市区町村へ、残り1枚を本人に渡せばいい。
4枚複写の上2枚も市区町村へ、一番下1枚は本人へ。
…問題は4枚複写の3枚目で、税務署提出用、とか書いてあるんだけど、このまま税務署に郵送しちゃっていいのか、それともなんか合計表みたいのを作ってまとめなきゃいけないのか、表書きみたいなものが決まっててそれをくっつけるのかがわからんのよ。
五便宝
どういうわけか、前任者からの引き継ぎマニュアルに、その部分の記載はなんもなし。
会計事務所の人は、なんでもなく「税務署に提出するんですよ」って言ったけど、あまりりにも当然のように言われたので、それ以上掘り下げて聞くことが出来んかった(弱気すぎ^^;)。

で、さっきからずーっとネットで答えを探してるんだけど、あまりにも基本的なことだからか、どうにも判然としない。っていうか、もっとむずかしいことばっかり書いてあって、知りたいことはちっともわからん、という。

初めてだからどーしても慎重にやりたいんだけど。
そのやり方自体がわかんないってのは困ったわー。

長きに渡る過当競争の産物

この国には、世界に誇るものが幾つもある。

その一つは史上最古の先物市場であり、
一つは為替手形制度だ。

先物市場は、江戸時代に米の流通の中心地であった大阪堂島の米市場が、来年の米の相場などを商ったことに発する。
だから、藩によっては、その相場を見据えて増産し、或いは作付を制限したこともあったし、大阪回航の足を早めたり遅めたりした。
日本海側を航行する航路では、必ず舞鶴に立ち寄った。
ここには大阪からの情報が集積され、相場が高騰しているとなれば、舞鶴から陸揚げし、琵琶湖経由で急送して高く売却したし、
相場が低迷となれば、のんびりと瀬戸内海を航行して市況の回復を待った。

為替手形制度も同じようなもの。
大店は、本店発行の手形を発行、支店で換金させた。
現物を動かさないことで、危険を回避している。

さて、その一方で、各生産地では、収量の多い、高く取引される米の精算に血道を上げてきた。

今と違い、のんびりとした時代。
課税標準は、太閤検地の時の収穫量が基本。
つまり、生産者が増産に取り組み、数倍の収量を挙げても、年貢米は変わらない。
仮に300年で100倍に増えたとしたら、税率が上がったところで大したことはない。
何しろ、課税標準は100分の1になっている。
税率が40%から80%に上がろうとも、課税標準が変わらないから、実効税率は0.8%
だから、地租改正により税率が20%に下がっても大騒ぎになった。
実効税率が0.8%から20%になったのだから当然だろう。

課税対象外の米を高く売るためにはどうするか。

当然、より旨い米を安定的に、大量に作る必要がある。

この動きは、戦後の減反政策が始まるまで、300年を超える期間、営々と行われてきた。

その後は、減反政策にもかかわらず、消費拡大目的として、旨い米の研究が続けられてきたといえるだろう。

何の事はない。
旨い米を作るために、数百年間積み重ねられてきた歴代生産者の不断の努力の成果だ。

これは、進歩主義者の歴史とは異なり、古くからの市場経済の成果でもあるだろう。
楽市楽座などの時代から数えれば、1000年近い歴史を持つ市場経済の勝利だ。

無論、安定した輸送路の確保なども不可欠だが。

果たして、今の中国にそれだけの蓄積が残されているだろうか。
威哥王
三便宝