子供の騒音に寛容になれと圧力をかける社会

恐らくこの男性は保育園に何度も苦情を入れていたのだろう。

こういうニュースを一瞬だけ見てしまうと「キチガイ男が斧を振り回した」と短絡的に考えてしまいがちだが、餓鬼どもの燥ぐ声が煩いと感じるのは当然の事。

一人で静かに読書をするために喫茶店に入ったのに、隣に餓鬼連れの親子がやってきたら「うぜーな、わざわざ子連れで喫茶店なんかに来るんじゃねーよ」と思う。他にもラッシュ時にもかかわらず、わざわざ子連れで乗ってくる奴らも非常に迷惑だ。

尤も昔から「子供が煩い」という苦情はあったわけだが、最近気になるのは「子供の声が煩いなんて言うんじゃない!」という安易な「子供擁護の声」が大きくなりすぎているということである。

別に今の子供も昔の子供も煩いのは変わりはないと思うが、昔は煩くした子供が確実に悪く、怒られるのは当然であった。「子供は騒ぐのが仕事だ」等と子供を甘やかす意見を言うような大人はいなかった。また、私が小学校低学年の頃のように「電車に乗ったら一言も話してはいけない。」という指導を学校でされるケースも多かったと思う。

要するに昔だったら確実に「騒ぐ子どもとその子供をきちんと管理していない保護者が悪い」となっていたのが、安易な少子化社会の議論に乗っかって「騒ぐ子どもに寛容な態度で接することができない大人が悪い」とすり替わってしまっているのである。

以前誰だったか忘れたが、飛行機のファーストクラスでギャーギャ―泣く子供がいてそれに対して大ごとになった事件があった気がするが、なぜ子供をファーストクラスに乗せる必要があったのか?また、そこまでして旅行に連れていって他人の迷惑を考えない親が増えているのか?ということが非常に気になった。

子供、特に赤子というのは犬や猫と同じである。従って、周囲に迷惑をかけ始めたら保護者は全力で迷惑行為を止めさせなければいけない。

飼い犬や飼い猫が他人の家の前でふんをしたらどうするか?ということを考えてみれば当然の話である。

当然の話だが、この事件の真の被害者は斧を振り回した男性のみならず、この保育園の傍に住んでいる他の住民もである。

ていうか、自分の子供が他人に迷惑をかけているのにこの父親は謝りもせずに開き直って憮然とした態度をとっていたからキレられたんじゃないのか?

まあ、本来、保育園や幼稚園等の迷惑施設は広い敷地で思い切り声を出しても良い場所に作るべきである。または最近大手私鉄に出来ているような「鉄道の高架下」のようなそもそも騒音が著しい場所に作るべきである。

保育園が足りないからといって、通常の民家の隣に作るなんていうのはとんでもない話。これは行政がきちんと法律や条例などで規制をしなければいけない。

それと繰り返すが、「子供とその保護者が被害者」という間違った感覚の流布を止めることだ。いくら少子化になろうとも「子供を作るのは親の勝手」なのである。もちろん「子供とその保護者が被害者であるべき」という世の中を作り上げている根本的なものは社会保障制度の「賦課方式」にあるわけだが、だからといって子供の声を「煩い」と思う人が「賦課方式」に賛同しているという訳ではない。
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