加茂山公園

今日は子供とその友達二人と私の友達五人で加茂山公園って所に遊びに行ってきました。

加茂山公園の敷地内にある青海神社でお参りしておみくじを引いたら末吉。よくも悪くもなくですね。

息子の友達は大吉。私の友達も大吉。あとは中吉。私と息子は親子そろって末吉。

その後は公園でリスを見たり鯉に餌をあげたり、滑り台で遊んだりと楽しい一日でした。

明日は長岡丘陵公園に行きます。今日のメンバーで。

子供の嬉しそうな顔を見ると私まで嬉しくなります(^-^)

子供に幸せを貰った一日でした。

偉姐
植物偉哥

亜洲文会(上海外灘美術館)

亜洲文会は正式には「亜洲文会北中国支会(North China Branch of the Royal Asiatic Society)」という名前です。英国皇家亜洲文会(Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland)の支部で、英国人が上海に設立した東アジア文化研究機関でした。Wenick Man

1823年英国政府はアジア各地の自然や鉱産標本を収集し、皇家亜洲文会を設立、インド、バングラディッシュなど英国植民地に支部を設立しました。1842年英国は香港を取得、その後1947年に英国宣教師Alexander Wylieが香港に「中国支会(中国支部)」を創設しました。

1857年10月16日、上海に「上海文理学会」が創設され、翌年香港の皇家亜洲文会と連絡を取り、上海文理学会は皇家亜洲文会北中国支会と改名されました。会は、外国人の上海での自然、文化学術研究のための機関でした。

北中国支会は、標本を収集、展示し、学術研究や討論の場を設けるために、1868年2月博物院建設を提案しました。1871年、上海英租界当局は租界内の土地を文会に分け与え、英国領事と工部局の資金援助のもと、会所が建てられました。会所内には、博物館、蔵書館などがあり、東方学研究の中心となりました。情愛芳香劑

1871年に会所を建設してから1930年まで、60年がたち、建物の老朽化が顕著になってきたことから、もとの建物を解体し、その跡地に新しい建物が建設されました。建物は公和洋行の設計で、5階建ての鉄筋コンクリート建築。1932年竣工。上から見ると正方形の形をしています。入口の両脇には八卦窓があり、一対の獅子が設置されています。石の手すりや屋根など、中国伝統の装飾が施されています。

当時の亜洲文会は、1階が講演ホール、2階が図書館、3階以上が博物院の陳列室でした。中でも4階の生物標本展覧室には、1万種あまりの動物の標本がおさめられていました。

5階は歴史文物陳列室で、漢代の石馬、魏晉の石刻、石像、石碑、陶器、銅器、貝殻、墓像などがおさめられていました。

新中国が成立すると、亜洲文会の所蔵品が分類され、各所におくられました。建物と蔵書は上海図書館のものに、鉱産、自然標本は上海自然博物館に、文物と文物資料は上海博物館に所蔵されました。文管部門は文会大楼に移管され、上海図書館書庫となりました。

2005年12月、ロックフェラー集団により外灘源プロジェクトの一部に選ばれ、現在の亜洲文会は上海外灘美術館として使われています。夜夜堅