いい病院

週刊誌の週刊朝○は今週号で「脳卒中リハビリのいい病院533」という特集を組みました。
この表紙を見たときにすぐに思ったことは「何をもっていいリハビリの病院とするか?」です。在宅復帰率や加算の届出などの基準をもって“いい病院”としてもいいのかもしれませんが、それだけでは病院勤め経験者としては違和感があります。

ちなみに、基本的にいい病院として掲載さている533のそれは回復期リハビリテーション病棟協会に加入している999の病院を対象に調査(たぶんアンケートと思われる)して回答があった病院をいい病院の533としています。つまり回復期リハビリテーション病棟協会に加入して週刊朝○の調査に協力すればいい病院となるわけです。

これはどう考えてもおかしいことになるでしょう。なぜならば回復期リハビリテーション病棟協会に加入していなければいい病院でない、わけですし、週刊朝○の調査に回答しなくてもいい病院ではない、となってしまうわけです。読者は少なくともそのような印象を持つことでしょう。

さらにおかしなことに、いい病院533の一覧表の間になぜか16病院の宣伝が入ります。印象としては533の中からさらに特別よい病院に感じるかの如しの構成となっています。
さらに皮肉なことに特別選ばれた感のある16に病院の内のいくつかはいい病院533には、なぜか、入っていないというミスキャストがあります。
このミスキャストはその病院が回復期リハビリテーション病棟協会に加入していないか、週刊朝○の独自調査に回答をしなかったかのどちらかということになるのでしょう。ですが、広告欄にはランランと掲載されているということは広告料を支払ったのではないかと思われます。

何とも皮肉です。
イカオウ:http://www.xn--ehq774i08q.com/
威哥王:http://www.xn--ehq774i08q.com/

手に杭を打たれた人間たち

夢を追いかけることを人は忘れてしまいます。

「自分にはできっこない・・・」
そう思って、やる前から諦めてしまうことありませんか?



昔、そんなことを思ったときに、
『鎖につながれた象』という話を知りました。


この話を聞いて、人は誰しも
「鎖に繋がれて生きているんだ」と気づきました。

あまりに衝撃的な話だったので、
ここでシェアしたいと思います。

「このままじゃダメだ・・・」
ということに気づいたのです。


この物語のおかげで、今があるといっても
過言ではありません。

その寓話は、以下のように始まります。


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「できないよ。」
僕は言った。


「できっこないんだ!」
すると彼はこう尋ねた。

『本当に?』

「うん。彼女の前できちんと自分の気持ちを伝えたい、
ただそれだけなのに・・・・・・。でもできるわけないんだ」

彼は、診療所にあったあの味気ない
青い椅子にあぐらをかいて座った。


微笑んで僕の目を見て、声を落としながら言った。
『ひとつ聞いてもらいたい話があるんだが、いいかな』
僕の返事を待つことなく、彼は話しはじめた。

私は子供の頃サーカスが大好きで、
中でも動物ショーが一番の楽しみだった。


特に象がお気に入りだったんだけど、
実は私だけではなく他の子供にとってもいちばん人気だったようだ。



その大きな動物は舞台に上がると、
持ち前のすさまじい体重や図体、怪力をみごとに披露していた。


しかし、


演技が終わって次の出番を待つあいだ、
象はいつも地面のちっぽけな「杭」に足を鎖でつながれていた。

ところがその杭というのは、
地面にいくらも打ち込まれていないような小さな木のかけらなのだ。

確かに鎖は太く頑丈そうだったが、
木を根こそぎ一本引き抜くほどの力を持った動物なら、
杭をひっこ抜いて逃げることなど簡単そうなのに・・・・・・。


その疑問は誰もが抱くものだろうと思う。

「いったい何が象を捕まえているんだろう?」

「どうして逃げないんだろう?」
5・6歳だった私は、先生や父親、周りの大人たちに聞いてみた。

「象は飼い馴らされているから逃げないんだよ」
と答えた人もいた。

そういうとき、私は当然次のように質問を返した。
「飼い馴らされているんだったら、どうして鎖につながれているの?」

しかし、つじつまの合う答えが返ったきた覚えはない。


時とともに象と杭の謎については忘れ、
同じ思い出を持った人に出会ったときに思い出すくらいだった。


数年前、


たまたま、その疑問に答えられる本当に賢い人に出会った。

その答えはこうだ。
「サーカスの象が逃げないのは、
とっても小さいときから同じような杭につながれているからだ」


僕は目を閉じて、生まれたばかりのか弱い象が
杭につながれているところを思い浮かべた。

そのとき象は、押したり、引いたり、
汗だくになって逃げようとしたに違いない。

でも
努力の甲斐なく逃げることはできなかった。


小さな象にとって、杭はあまりに大きすぎたのだ。

疲れきって眠ったことだろう。


次の日も
また逃げようと頑張って、

次の日も、
そのまた次の日も・・・・・・。

ついにある日、

その象の一生においていちばん恐ろしいことになるその日、
象は『自分の無力さ』を認めて、
運命に身を委ねてしまったのだ。


サーカスで見る大きく力強い象は、
かわいそうなことに
『できない』と信じ込んでいるから逃げないのだ。

生まれて間もないときに「無力だ」と感じた、
その記憶が頭にこびりついている。

そして最悪なのは、
二度とその記憶について真剣に考え直さなかったことだ。


二度と、

二度と、


自分の力を試そうとはしなかったのだ。

『そういうことさ。みんな少しずつこの象のような部分をもっている。
自由を奪う何百という鎖につながれたまま生きているんだ。』


遠い過去、一度だけ、子供の頃に試してみてできなかった。
ただそれだけで、私たちは山ほどのことを、
『できない』と思いながら生きている。


あの象と同じように、記憶の中にひとつのメッセージを
刻み込んでしまったんだ。

『できない』

『今もできない』

『これからもずっとできない』
とね・・・

このメッセージを自分自身に埋め込んだまま大きくなったから、
もう二度とその杭から自由になろうとしないんだ。

ときどき、足かせがついている気がして鎖を揺らしてみるとき、
横目で杭を見ながら考える。


「できない、今もこれからも絶対にできない」
彼はしばらく間を置いた。


そして近寄ってきて僕の目の前に座り、
こう続けた。

「これが今の君の状態だ。
小さな君の記憶に縛られて生きている。
もう存在しない君、できなかった君のね・・・」


そして彼は続けてこう言った。
「できるかどうかを知るには、
もう一度全身全霊で取り組んでみるしかない。全身全霊だ」
と・・・


========================================

どうでしたでしょうか。


象は、昔できなかったことを
「今もできない」と思い込んでいるのです・・・。
あなたにも、同じような経験がありませんか?

昔の経験から、「できない」と決め付けて
挑戦することを忘れていませんか?

「どうせ自分にはできない」と決め付けて
チャレンジすることをやめていませんか? 

僕は小学2年生のとき、
縄跳びの二重とびができませんでした。

全くできなくて、
それから数年間、自ら二重とびを敬遠していました。

体育の時、
縄跳びの授業が何よりも嫌いでした。


でも、小学5年生のある日、
なにげなく挑戦してみたら、
あっさりと2重とびができたのです!
しかも、1回だけでなく、2回、3回・・・・。


僕はビックリしました!
絶対に僕にはできないと思っていたことが、
サラっとできてしまったのです。

あなたは
でも、どうせ、だって・・・・・
そんな「負のイニシャルD」を連呼していませんか?

やる前から、諦めていませんか?

「どうせ自分にはできないから」と言って
やる前から諦める。


どうせ、俺は大金持ちになんてなれない。

どうせ、私はアーティストになんてなれない。

どうせ、僕はホームランなんて打てない。

どうせ・・・・・

それこそがあなたの『小さな杭』です。
今のあなたなら、すぐに外せる小さな杭なのに
昔の自分のままだと思うから、やろうとしない。


昔できなかったことと、
今の自分は関係ありません。
日々、あなたは進化しています。


私だって進化しています。
鎖につながれた象にならないように、
諦めるのは、やれるだけやってからにしてください。

昨日ダメだったなら、今日やってください!

今日もダメだったなら、明日の朝起きてやってください!

それで抜けない杭なんて、無いのですから。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

スコットランドやぶにらみ

欧州の一地方がこれほど注目されたことも珍しいだろう。ホームズ物語を書いたドイルの生地、ウォルター・スコットを生んだ文芸の土地、今もなお推理小説で高名なイアン・ランキンが住む場所、近年ではブレア、ブラウンという怪しげな首相を誕生させた政治家の国、軍オタならキンロス空軍基地、UFO伝説の聖地、ウィスキーの産地、エトセトラ、エトセトラ。

ユダヤ人の天才作曲家メンデルスゾーンがホリールード宮殿で曲想を得たとされるとおりの暗いエジンバラの街。物好きな後輩がよせばいいのにホグマニーとかいう馬鹿騒ぎを見物に行ってから帰国して凍死するかと思う寒さでした、という最果ての国。

広大な面積を誇るスコットランドは人口が少ない。なぜか?気候が厳しいからだろう。小生は一度だけ初夏のスコトランドを訪れたことがあるが天気が悪いと霧が出てレインコートが欠かせない気温の低い場所だった。倫敦に戻ると陽光さんさん、シティー空港からドックランズ鉄道で中心部まで出ると東洋系の若い女性たちがホットパンツで走りまわっていたのが印象に残っている。

イングランド銀行が発行したポンド紙幣はスコットランドで通用するのにスコットランドの銀行が発行したポンド札はイングランドではなかなか受け取ってもらえない。ある種の陰湿な差別。だが彼らは約10年かけて国民投票にこぎつけた。当初は独立賛成派が優勢だと伝えられていたがそれが現実味を帯びてくるとキャメロンはじめ倫敦のひとたちは態度を翻しスコットランドに権限を委譲するので連合王国にとどまって欲しいと見栄も外聞もない。その結果スコッツは王国にとどまる選択をした。

これで良かったのだと思う。サモンドの主張は多分に情緒的で万一独立した場合の通貨などかなりいい加減な発想に見えた。反対派が攻撃したのも当然といえる。

それにしても一地方の独立を住民投票の結果に委ねるという英国人の考えも大胆というか自然というか。あの国が見せる現実主義に驚く。

「吉田調書」報道で謝罪会見する木村社長

「(進退を決めるのは)抜本改革に大筋の道筋をつけてから。(時期は)それ以上でもそれ以下でもない」――結局いつ責任を取るのか、木村伊量社長(60)は一切の明言を避けた。
 11日、朝日新聞が吉田調書の誤報を認めた緊急会見。詰め腹を切らされたのは編集担当取締役の杉浦信之氏ひとりきり。木村氏は「社長報酬の全額カット」を打ち出したが、編集部門の抜本改革は「私が先頭に立つ」と言い切った。再生の道筋をつけた後に「速やかに進退を決める」と言うが、何をもって「道筋がついた」と決めるのか。その判断はいつになり、誰が行うのか。そこに質問が及ぶと、木村氏はノラリクラリと言及を避けた。

 日刊ゲンダイ本紙は10日時点から「木村社長が吉田調書に関する会見を開く」と聞きつけ、朝日の東京本社に何度も問い合わせたが、「現時点でお伝えすることはありません」(広報室)の一点張り。「(会見が)決まったら電話します」(同)という約束も反故にされた。「会見を開くと発表したのは開催の約1時間前。参加したくとも来場できなかった記者も多かった」(報道関係者)

■メディアの責任放棄を印象づけただけ

 それにしても謝罪が遅すぎだ。ライバル紙が吉田調書スクープに疑義を挟んでから3週間強、過去の「慰安婦の強制連行」記事について誤報を認めて1カ月余り。慰安婦問題を「謝罪すべき」と書いた池上彰氏のコラム掲載をいったん見送り、社内外から「言論封殺」と批判されると一転、掲載に踏み切るという醜態を演じた。

 この間、木村氏はバリ島でバカンスを楽しみ、社員に宛てた反省ゼロメールも週刊誌にすっぱ抜かれた。会見で木村氏は「(慰安婦報道の)訂正は遅きに失した」と詫びたが、読者への謝罪だって「遅きに失した」のだ。
 しかも20年以上も放置してきた慰安婦報道の「虚報」について、吉田調書報道の「ついで」のように謝罪した。
 これでは批判の火に油を注ぐようなもので、アンチ朝日の安倍周辺をよろこばせるだけ。まさに木村氏は「KY(空気が読めない)」の極みだ。

「朝日も言論機関を標榜するなら、謝罪の前に誤報に至った検証を先決すべきです。それなのに、慰安婦も吉田調書も検証作業は第三者委員会という『他人任せ』の態度は解せません。まず自らの手で検証してから、第三者に意見を仰ぐのが筋ですよ。今回、吉田調書の誤報を認めた経緯もアヤフヤで、木村社長の<記者の思い込み><デスクのチェックミス>との説明は、ごくわずかな社員に責任を転嫁しているようにしか聞こえません。ひたすらアタマを下げれば、難局を乗り越えられるくらいの認識なら大間違い。メディアとしての自浄能力の欠如と責任放棄を印象づける会見でした」(立教大教授・服部孝章氏=メディア論)

 世に保身に走る企業トップは多いが、木村氏まで同類では「天下の朝日」が泣くってものだ。

滑稽な食事の方法

私が「嫌い」と言うか、「苦手」というか。そんな物がある。
それは「マナー」

 「嫌い」と言っても「守らない」と言う事ではない。
「不必要」な「マナー」の事である。

 先日、テレビで「お墓詣りのマナー」と言うのをしていた。
当然、宗派によっては「マナー」と言うのはあるが、テレビでは「座って、一人つづつ」と言っていた。
 しかし、私が僧侶から聞いたのは「狭い所なので、1人づつの方が邪魔にならないで良い」と。
しかし、「座って、御参りする必要はない」と。
要は「仏様への気持ち」と言う事らしい。

 私は京都・東寺や高野山に御参りに行く。
仏様の前で、御参りする時の座り方。
「正座」している人を見るが、高野山・金剛峯寺で僧侶から聞いたのは「リラックスする事が大切。一番、自分でリラックスできる座り方をしてください。正座をする必要はありません」と。

 世間では食事などの「マナー」と言う人がいる。
これもホテルの宴会部長から聞いた。
 「マナーは常識の範囲で良い」と。
その部長が「常識の範囲で自分で一番食べやすい食べ方が一番良い。食事をする為にマナーなんて気を使っていたら、折角の料理も不味くなる」と。
更に「食事の時にマナーと喧しく言うのは日本くらいなもの」と。

 テレビでタレントがナイフとフォークを使って食事をしている。
部長は「あんな食べ方をする必要はない」と。
例えば「ステーキは食べやすい大きさに全部切って、ナイフを書いてフォークで食べれば良い。フォークが苦手なら、箸もホテルなら用意している筈」と。

 その部長に言わせると「米の食べ方が、皆、滑稽」と。
ナイフとフォークを使い、ナイフの背中に、わざわざ乗せて食べている。あんな食べにくい食べ方はない」と。

 元々、ナイフと言うのは「真っ直ぐ」だったらしい。
何故、曲がるようになったかと言えば「スプーンの機能を持たせる為」である。
本来はナイフは「突き刺す」だけの物だったが。「突き刺すだけでは不便」と丸くして、スプーンの機能も持たせたらしい。

 従って、突き刺すのが難しい物は丸い所でスプーンのようにして食べるのが本来の姿らしいのだ。

 日本食でもテレビで「マナー専門家」が出て来て色々と言っているが、本来は、やらなくて良い事も多々あるらしい。

 ある日本料理屋の「女将」から聞いた話。
「マナー」では「椀物」を「食べ終わった後、蓋は逆さまにして、椀の上に置く」となっているが、店からすると「あれは逆に迷惑な時がある」と言う。
それは蓋と本体が付いて取れなくなる事がある。

 更に回収する時は別々で回収する。それは別々に洗うから。
従って、食べ終わったら蓋は机の上でも窯をないらしい。

 箸の置き方も、皿や椀の上に置いてあると「途中」と言うサインで、皿の上にないと、食べ終わったと言うサインでもあるらして。
しかし、これを知っている人は少ないので、聞くようにしていると。

 私は「食事マナー」のテレビは見ない。
書いたように、常識を持って、楽しく、食べやすいように食べれば良いのである。
食事を摂りに行っているのであって、マナーを実践する場ではないのだ。

仕事か?プライベートか?

断トツ仕事である。
プライベートではお金が儲からない。

仕事は大切なお金をもたらしてくれる。

お金がなければプライベートも楽しめない。

それ以前に生存できない。


“仕事よりプライベート”と言われ、そのため、物事の優先順位を間違えてしまう人が増えてきたのではないかと思う。

わたくしみたいなサラリーマンをしていると、叱られない程度の態度で職場の椅子に腰かけ、宿題みたいな仕事をコツコツこなしていれば、毎月20日、自分の銀行口座に自動的にお金が振り込まれる。

でも、わたしが育った自営業の環境では、契約をとってこなければ飯種がない。

契約をとっても、顧客が満足できるだけのものを納品しなければ金銭が支払われない。

さらに手形などというもので支払われれば、支払いは数カ月先。

それまでの生活費は貯金でみていくしかない・・・。


こんな環境で“プライベートが大事”などと言っていたら、3日で信用をなくし、1カ月で自滅してしまう。

わたくしのようなナマケモノは自営業が嫌だったから、家業をけって役所に就職した。

サラリーマンは土日は呆けたように遊べるし、実に気楽なものである。

とりわけ公務員は天国。毎週、プライベートを楽しませてもらっており、勤労者のみなさんに申し訳ない気分でいっぱいである。

仕事あってのプライベート。

残業は嫌なものだが、それをしなければ仕事がまわらないのなら、プライベートを犠牲にしてするしかない。

自営業には定時はない。夜中でも翌朝でも仕事が終わった時が終了時間。

また自営業には残業手当もない。勤労時間の多寡にかかわらず契約で決まった金額が報酬。

プライベートとは仕事と仕事の合間に楽しむものであり、プライベートのために仕事をおろそかにするなどとても考えられない話である。

狩猟採集生活の世界でも獲物がとれなければ休暇などないだろう。

休暇などとっていたら飢え死にしてしまう。それが、人間、生きていく上での基本である。

外国で有給が少ないのは有給休暇をとっていられるようなサラリーマンが少ないから。

誰もこのことを指摘しないのは不思議なことである。


ただし、サラリーマンにももちろんリスクはある。

会社が求める仕事をこなせなければ、会社にいられなくなってしまう。

実力の7割程度でこなせ、有給休暇をとって遊べるぐらいの仕事がベストだと思う。

捏造新聞

中国新聞網は2日、「南京が全世界に向けて南京大虐殺犠牲者遺族の手がかりを募集」と題した記事を掲載した。

侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館(南京大虐殺記念館)は2日、これまでに全世界の272世帯の計1513人が南京大虐殺犠牲者遺族として南京で登録されたと発表した。遺族の居住地は南京のほか、北京、上海、江西省、山東省、香港、米国、カナダ、デンマークなど。

最高齢は90歳、最年少は3歳。登録会場で犠牲者遺族らは「あの悲惨な歴史を決して忘れない。中国人として、多くの人に当時の歴史を知ってもらう責任と義務がある。その中から教訓を得て、2度と戦争の悲劇を繰り返さないようにしてもらいたい」と語った。

記念館はさらに多くの遺族者名を集めるため、積極的に遺族の手がかりをつかんでいきたいとしている。先月末、南京市江寧区湯山に南京大虐殺で旧日本軍に殺害された犠牲者が大勢いるとの情報をつかみ、記念館は1軒1軒回って計11家族、59人を犠牲者遺族として登録したという。

〈以上〉

そのうち「ウチのおばあちゃんは4歳の時南京大虐殺で殺された」とかって勇者が出てくる。

実際には入城から次の月の人口が、確か数万人増えている。

(本来は16万~20万人都市、翌月に25万人、
実は、南京防御側の兵員は9万程居た、その内、戦死者が8,000人、捕虜が10,000人、残りの72,000人は軍服を脱いで、そのまま南京市民になったから、陥落後の次の月の人口が数万人増えた理屈が合う)

一人残らず虐殺されたハズなのに何故か遺族が居ると言う矛盾。

20万都市で30万人以上が虐殺されたと言う矛盾。

それだけ虐殺されたのに何故か人骨どころか、虐殺した形跡すら全く無いと言う矛盾。

無理やり遺族つくる馬鹿。

延安の期間の人民警察の服装(1938-1942年)
解放区の人民警察の服装

1938年5月、中国共産党中央は延安市公安局の管轄、延安市の警官のチームを創立することを決定。

警官のチームのメンバーは暗い染色生地の質の警官は制圧。

帽子のスタイルは八路軍の軍帽と同じに、帽章がない。

襟章がアルミニウム合金を使うのは特製で直接に鋳造して“边警”の2字がある。

1942年まで使った。

1938年は、昭和13年

中国は、満州国だった時代で、中華民国暦は27年。

満州国・
康徳5年。

つまり、中国人が中国人を虐殺した事を日本のせいにして、朝日新聞が捏造したのが南京大虐殺