苦しみに苦しみが

苦しみに苦しみが加わる激しい試練。
極度の貧しさの中。

神様を信じたのに、恵みが来ると聞いたのに・・・

人はどう思うのだろうか。
騙された?
何か罪を犯した?
罰を受けている?
神は私を見てはおられない?

神様の恵みって何?
イエス様は「恵みと真に満ちておられる方」
「あなたがたは、その方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上に恵みを受けた」って言われているのに・・・

ある人々が「苦しみに苦しみが加わる試練と、極度の貧しさの中」で、・・・

疑い、不平、不安、失望、後悔・・・ではなくて。

満ち溢れる喜びが彼らを支配して、彼らは惜しみなく人々に施しました。

彼らはそれを願ったのです。

これは、洗脳の話ではありません。
これは、戒律の話ではありません。
これは、犠牲の話でもありません。

これは、恵みの話です。
神の与えてくださった恵みの話です。

この地上にいる間、環境、状況は変わります。移り行く世界に住んでいるのです。

この世的な、幸せだけで、人を釣るならそれは騙しです。
必ず、健康になる。
必ず、金持ちになる。

そのような教えに引っかかるのは、自分の問題にも気がついていない、盲目の愚かな腐った人です。

誰でも、自分の問題は、自分の腐った歪んだ、醜い、捻くれた、傲慢な心だとわかるはずです。

それが分かるまで、苦しんでください、よろしくお願いします。

沢山持っていないことが不幸ではなく、惨めではなく、与える心がないことが不幸です。

誰かに傷つけられたことが不幸ではなく、人の痛みが分からず思いやれない心が不幸です。

恵みがないことが不幸ではありません。
私たちは恵みの中にいるのです。
恵みが見えないことが不幸です。

ここに記した人々は、神様の恵みを受けました。

新しい心と霊を受けたのです。
あの方の愛を受け入れたとき、新しい心と新しい霊を受けたのです。

見えるようになりました。恵みが。

嬉しくて、嬉しくて、患難、苦しみ、試練はもっともっと、あの方の愛を覚えるものとなったのです。

移り行くものではなく、永遠不変の恵みを受けたのです。

魂に幸いを受けたのです。

試練も貧しさも、苦しみも、呪いの言葉も、彼らの目をあの方から離すことは出来ませんでした。

彼らは、与えたくなったのです。
歌いたくなったのです。
無いことも忘れて与えました。
苦しみも、あの方を歌い褒める喜びとなりました。

これが神の恵みです。
これは恵みのお話です。
あなたはあの方の恵みをうけましたか?
魂に幸いを受けましたか?
あなたは訓練する主を知ったのですか?
犠牲を強いる主を知ったのですか?

恵みを与えるあの方を知ったのですか?

和楽器

娘が和楽器や能楽等に興味を持つようになったきっかけは
小学校3年の時のバリ島への旅行だった。

「バリの人は皆 バリの楽器か踊りが出来ます」
というガイドさんの言葉にショックを受けたのだそうだ。
日本人の自分の周りにある音楽や踊りは
西洋から入ったものばかりであることに疑問を持ったらしい。
学校で習う音楽も 五線の楽譜による物ばかり
体育等で踊るダンスも また同じである。

その疑問から 彼女は私と二人で手軽にはじめられる篠笛を始めた。
長唄の「娘道成寺」の曲から、道成寺の物語に興味を持ち
それが 能の「道成寺」を見るために能楽堂を訪れるきっかけになった。

指導要領の改訂により
学校での音楽教育に 和楽器が取り入れられ
日本の伝統音楽の扱いも 以前より多くなってきたのはうれしいことだと思っている。

しかし和楽器の経験の無い音楽専科の教師にとっては
なかなか大変なことのようだ。
夏季休業中等の 短期の講習で 生徒に教えるのは至難の技ではないだろうか?
といって 地域に必ずしも 協力者がいるわけではない。

昨日 かつての同僚が我が家を訪ねて来た。
転勤先の中学に三弦がかなりの数あるので それを活かしたいのだが
協力してほしい・・・と。
3年ほど前までは 地元で箏曲を教えていた母が学校へ行って指導していたのだが
体調を崩したため もう辞めてしまっている。

三弦を習っていた私に白羽の矢が・・・・という事らしい。
自分独りで弾くのも おぼつかないのに
指導なんて とんでもない。
だいたい二十人もの生徒の三弦の音を合わせている内に
授業時間が終わってしまいそうだ。
このような和楽器を 指導者1人でクラス全体に指導することが
すでに無謀じゃなかろうか?

もちろん お断り申し上げた。

でも箏や三弦は無理だが 篠笛ならどうだろう?
個人持ちが可能なので、授業中だけでなく 自宅でも練習できるし・・・
指導も 比較的簡単な気がする。
小中学校で リコーダーが必修になっているが
篠笛でいいんじゃない?といつも思っていた。
プラ管なら 値段も手ごろで扱いも簡単で、竹に負けない音もでる。

小学校の鼓笛隊が 篠笛と和太鼓の編成になったら
どんなに素敵かと思う。

学校の鼓笛隊が篠笛と和太鼓になったらいいですね!
この意見に大賛成です。

最近は、小中学校でも日本文化を教えるところも多く、中には専問家を呼んで茶道や華道を教えてる学校もあるそうで、昔と比べてその辺はいいなぁ~!と思いますね。

ちなみに、家の子は学校で習ったとかでお琴が弾けるそうです。
ちょっとビックリ!