久し振りの晴れ

今週に入って初めて、もう週末も週末の土曜だがヤットコさお天道様が顔を出した。
と言っても真上が晴れているだけで東の方は曇って空がグレーだし、西の方にも何だか怪しい雲がある。
と言っても雨を降らせそうな雲ではないから今日はもう雨模様にならないかもしれない。

そう単純に喜んでばかりもいられなくて、明日はまた傘マークの予報が出ていてもう殆ど梅雨みたい、と言うより梅雨時よりも梅雨らしいと思えなくもない変な天気だ。
この天気のせいばかりでもないだろうが、体調も頗る思わしくなくてホトホトイヤになって来る。

何をやっても直ぐに気持ちは悪くなるし、かと言ってヨダレがダラダラ垂れるだけで吐きはしないんだがそれが余計に気分が良くなくて食欲もない。
食欲が無いと言うのは余り正しくなくて、食欲はあるんだが食べたら戻しそうな気分で口の中が酸っぱくなっているような気がして喰う気にならないと言うだけ。
凡そ、健康的とは自分でも思えないが何が原因か分れば自分でとっくに解決しているし、吐いて済むなら指を突っ込んででも戻すのだが、そう言う訳ではなく何かの拍子に〝ゴホン〟とか〝エヘン〟とやるとその反動だか連動だかで胃袋がひっくり返りそうな気になる。

こうなったら、気を鎮めて呼吸を整えて落着くようにするんだがそれが簡単に行かないから気持ちが悪いのだろう。
好い加減、こう言う状態が続いていると〝死んだ方が楽だな〟とは思うものの自死の手段もないし、その前に気分が変わるから抑えて何かし出すが、その状態にまた直ぐに戻ったりするもんだから始末が悪い。
ホント、情けないばかりに身体が言うことを効かないので余計にイライラして寝られなくなったり、酒を呷ったりするが幾ら呑んでも酔いもしなくなってきた。
その癖、翌朝のツライことは例えようも無い上に吐き気が襲って来るものだから自分のアホさ加減に呆れるが、生きてるだけって人間は目標もやることも、〝ねばならない〟事が1つも無いからその悪循環の中で悶えている。

中々、この状態から脱却するのは容易ではないが、かと言って身体を動かすと直ぐに息が切れるし、散歩しているだけでは正にクソ爺みたいなもんだから世のカスだ!

それでも自分なりのリズムを取り戻そうとは思っているのだが、こんな調子がズット続いているから〝どうでも好いや〟ってな気にもなってきて、須らく宜しくない。

だから疲れているような、全然疲労感が無いような、その癖喫茶店で本を読んでいると半分寝ながらページを繰っていたりするもんだから自分でも大したもんだと思う。

エアコンなしで生活できるのだけは有難い様にも思うが、やはり夏は夏らしく暑くないとどうもシャキッとしない。

謎だけが残った

昨日ちょっと悲しいことがあって。
理由がわからないから説明もできないんですが。

しかし友達や理解しあえる仲間は
作らないほうがいいのかな?
だってどっちかが先に死ぬし、
そこまでいかなくてもいつ誤解されるかわからない。

悲しい結末がまっているならば
最初から孤独がいいんじゃないのかなと思うよ。

寂しいのはわかってる。
高望みなことも。
普通を望んだら僕らはいけないんだから。
そういう社会だから。

社会はいらないと差別してくる。
仲間同士でもつぶし合う。
何が正義なんだかわからなくなる。

区別でもなく、
ただ邪魔者扱いされるってのは
悲しいよ。

たまたまラッキーで普通に暮らせてる人が
どれだけ自分のラッキーに気づいているのか。

本当に苦しい人間は社会にはいない。
部屋でただじっと時間の無駄使いをしている、
せっかく見つけた仲間も離れてく。

優しくない人間だけが生き残る。
金だけが全て。

何も持たされなかった素手の僕達はたた立ち尽くす。

1年ぶりくらいでテレビを見てた

今日は猫の様子見るのに茶の間にずっといました。
テレビを久しぶりにみました。

猫を映しまくる幸せな番組で癒された~。

ずっと見てて京都迷宮案内ってのを見た。
内容がね、面白かった。

ヘルシングの少佐みたいだった。
戦いに身を置くことで
人間らしさを保つって
悲しいけれど正解なのかもしれない。
死をもって一心不乱の戦いに生きる意味を
感じるのはわかる。

しかし、社会はそれではギスギスしてしまう。
つまり現代は生きづらいってことだ。
戦いに立てない人間は非国民だ。

僕たちの明日はどこなのだろう?
僕たちなりに戦っているのだが、
透明人間相手に腕を振り回しているみたいだ。

今は平和な沖縄を巡る旅番組を見てる。
癒される。
河合我聞なんて久しぶりに見たよ。

さくらも調子は良いようだ。
実は僕も少し調子がいい。
体調は悪いのだけれど。

テレビもたまには見てみるもんだね。