勝手に経過報告

おじさんは夜中か朝方に帰宅。若は自ら起きてまあまあイヤイヤ言わず色々なことができた。
もともとおじさんがお迎えだったんだけどかあちゃんの職場の都合でかあちゃんは午後お休みになってしまった。前日から仕事の予定が二転三転してモヤモヤ…。夜20時過ぎから入っていた用事はキャンセル。7時間あくのはキツイから。
午後違う用事をしに大宮丸井に行った。ケーキ食べよう♪と思ったけどお店はどこも混んでいたのでサブウェイでお昼ご飯を食べた。
そしてストレス解消でついサマンサタバサのバッグを買ってしまった[写真のようなかたち]。
かあちゃんは実家にバッグを隠して急いで若のもとへ。
保育所では上クラスのお兄さんに手を繋いでもらい公園まで行ったと。若は嬉しそうだったって。公園で落ち葉のシャワーを楽しんだ。落ち葉の山にも飛び込み大興奮だったそつな。
おじさんは夕方歯医者。なぜ休みなのに早い時間に入れられないのかなあ。無駄に治療している気がする。若とかあちゃんは先にお風呂~♪。おじさんが焼きそばを作ったんだけど野菜と豚肉が少ないことにびっくり。保育所の夕涼み会で買った焼きそばのほうが沢山具が入っていたわ[苦笑]。若も内心がっかりしていたりして~。イトーヨーカ堂でおじさんが買った鉄火巻きを若はいっぱい食べて、焼きそばを殆ど食べていなかったわ。
寝たのは22時台。あと少しがうまくいかないねえ。

邇邇芸命と 大山祇神で・・・夫婦喧嘩・・・・・

夫婦喧嘩をしてしまいました。
原因は・・・・・・・・・・・

大山祇神や磐長姫に対しての非礼というばかりでなく
人間の寿命を短くした責任という意味においても
邇邇芸命に非があるという私に
主人は
「大山祇神ってやつはずるい」と言うのです。
醜い姉と 美しい妹をペアで差し出すのは
邇邇芸命を試そうとしたに違いない。
それこそ邇邇芸命と磐長姫に対して失礼だといいます。
また美しくはないが気立ての良い姉と
美しいが気立ての良くない妹の
どちらかを選べというなら
当然 姉を選ぶことに価値があってもよいが
この例はそうではない。
気立て 内面の問題に特に差異があるというわけでもないのなら
当然美しい妹がえらばれるべきだと。
邇邇芸命のやったことはごく自然だと主張します。

一夫一婦制でどちらかを選べというならそうかもしれません。
でも 大山祇神は二人は一組であるべきものと考え
二人を一緒にとつがせたのだと思います。
邇邇芸命はその意味に気付くべきだったのではないでしょうか?

そのころのこの日本はきっと今以上に山が広がっていたであろうことを思うと
先住の山の神の力は とても強かったのではないかと思うのですが
そこに突然現れた新参者のニニギに対して
大山祇神はあまりに寛容。
美しさと長命をつかさどる二人の娘まで差し出してしまいます。
その意味さえ推し量ろうともせずに 美しさだけにとらわれ
磐長姫を父の元に返すのは
人格ある神としてだけでなく この国と人を治めようとする立場の神のするべき
判断ではないと思います。

というような議論が何時間も続き
ついには主人と喧嘩になってしまいました。
こんなことで夫婦喧嘩するのもどうかとは思うのですが
我が家はこんなことが多くて・・・・・


考えてみたら神話の最初の部分で 人間の祖先や神がする判断ミスや失敗が
その後の人類に大きな負の影響をおよぼしてしまうのって
よくあるパターンだった気がしてきました。
ヘブライ神話では 禁断の林檎を食べてしまったアダムとイブ
ギリシャ神話では パンドラの箱
そして日本神話では この邇邇芸命の結婚問題

人は自分たちの生きる事の辛さや 生きられない辛さを
古い神やはるか遠い祖先のだれか一人の失敗のせいだと考え
それを受け入れようとしたのででしょうか?

とりあえず 今日は主人と仲直りをしよう。