筋を通せ!

対応に苦慮したい気持ちはわかる。だが、だから置かない、収蔵しない、と安易に流れてしまっていいのだろうか。

書店や図書館によっては、予め厳格な基準を設け、その基準に合わない出版物は置かない、収蔵しないといった方針を貫いているところがある。

だが、書店の場合、力のあるところはともかく、中小書店を中心に、取次店の見計らい配本と、配架例に準じて並べているだけのところが多いだろう。

同じ規模の書店に行くと、レイアウトも、本の場所も、殆ど同じ。
違うのは店名と経営者の顔だけなどということも珍しくないから、よく分かる。

自前のノウハウを持つ大型店や、限られた中小書店では、揺るぐことなく、選書方針に従って仕入れ、販売をすればいいだろう。

図書館も同じだ。すべての出版物を収蔵する建前の国立国会図書館は当然として、それ以外の公共図書館においても、予め定められた選書基準に従って粛々と収蔵の可否を決し、定められた基準に従って開架書庫、閉架書庫、貸出の可否などを定めるべきだ。

ことは、この一冊の本におさまらないからだ。

抗議が殺到するからと販売や収蔵を止めれば、すなわち外圧に弱いということになる。
つまり、地域の顔役に都合の悪い出版物、首長に都合の悪い出版物は、その地域の書店や図書館から狩りたてられる事につながるからだ。

無論、盗作や猥褻物など、法令に抵触する出版物であれば別。
だが、そういった出版物は、既に選書基準で排除されているだろう。

営利事業の書店については、その性格上、時には筋を曲げざるをえない場合もあるだろう。
しかし、非営利事業の公共図書館、学校図書館に於いてはどうか。
圧力をかければ、何でも言うことを聞く存在ではマズかろう。

そこで、書店人や図書館人に問いたい。
販売、閲覧貸出をしないならしない(するならする)で構わないから、なぜしない(する)のかを、既存の基準の何処にしたがってしない(する)ことにしたのかを、明確に顧客や利用者に示すべきではないかと。

既に毅然とした方向性のもとで運営されているのならば、対応に苦慮するまでもない。
対応に苦慮するというのは、確固たる方針なくして漫然とやってきたからにほかなるまい。

因みに、選書基準にはこんなものもあるという。
すなわち”キワモノ”は購入しない。
相互協力により他館か都道府県立図書館から借りてくる。
一例としてあげられたのが、(昔の話だから、古くて申し訳ない)「紅茶キノコ健康法」など、そしてアイドル物の一部だった。

問題の書籍が、この「キワモノ」と判断するならば、それも一つの方針。
だが、するしないにかかわらず、方針を明確にすべきだろう。

面白いのは、とかく言論の自由、出版妨害をことさらに騒ぎ立てる諸君が、本件については沈黙しているものが少なくないこと。
内容のいかんを問わず、販売を抑止しようとする動きという点では共通だ。

つまるところ、彼らの言う言論の自由や出版の自由は、その程度のものでしかないということに相違あるまい。
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