世界遺産「失格」寸前からの大逆転 7カ国と国際機関をまとめた日本人がいた

国立西洋美術館(東京・上野公園)の世界文化遺産への登録が17日決まった。20世紀を代表するフランスの建築家、ル・コルビュジエ(1887―1965)の作品、同館を含む7カ国17点の一括登録で、大陸にまたがる遺産登録は初めてとなる。しかし、15年がかりのプロジェクトの道のりは険しく、あわや「登録不可能」という場面もあった。立役者の一人、東京理科大学の山名善之教授(近代建築史・意匠)にその舞台裏を聞いた。
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 世界遺産の登録には、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会の審議の前に、ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(ICOMOS、イコモス)による学術的な審査を経る。イコモスが世界遺産委に出す勧告は4種類ある。 「登録(記載)」=世界遺産リストに載せるべき 「情報照会」=追加情報の提出を求めた上で次回以降に再審議 「登録延期(記載延期)」=推薦書の本質的な改定が必要なため登録を見送るべき 「不登録(不記載)」=登録にふさわしくない
■まさかの最低評価 諮問機関の“反乱”

 紆余(うよ)曲折を経ながらも1回目の推薦から3年、仏を中心とする6カ国は2011年2月に2回目の推薦書を世界遺産委に再提出しました。しかし、5月にイコモスが出した勧告は「世界遺産にふさわしくない」とする「不登録」でした。
 「ル・コルビュジエ作品が近代建築に大きな影響を与えた」とする推薦国の主張に対して、イコモスは「近代建築に貢献したのはル・コルビュジエだけではない」などとしました。
 「まさか不登録とは」というのが正直なところでした。そもそも「情報照会」という世界遺産委の決議に応じて、追加情報を出したにもかかわらず、4段階のなかの最低評価の「不登録」。理解できませんでした。
 ただ、よくよく考えてみれば、イコモスの1回目の勧告は「骨格をつくり直せ」でした。ですから、我々が情報の追加にとどまり、骨格自体を見直さなかったことに対して、「勧告に従わないのなら登録は認められない」ということだったのです。
 逆にいえば、世界遺産委で政治的な判断があまりにも先行していることに対するイコモスからのメッセージだったのです。
 イコモスにしてみれば、世界遺産委の方針に従い、審査を厳格にしたにもかかわらず、世界遺産委にかけると、推薦国のロビー活動をうけて登録を認めていく。イコモスが「我々の仕事はなんなんだ」となるのも道理でしょう。

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