僕の会話術

僕は元営業マンだったクセが残っているのか、いつも会話では聞き手に回ります。
「営業マンは自分が話ことよりもお客さんに話してもらい、聞き手に回ること」
これが鉄則であり、それを社会人になった時から徹底してやったからでしょうか。
でも本来僕はおしゃべりなヤツですから、会話は誰としても盛り上がることが多いです。
相手の老若男女を問わず、その人の年齢や会話レベルを見極めて話します。
食いついてきたときにはちょっと深く。
話題の方向性が定まらない人には広く浅く。
自分のもっている少ない知識で会話の相手を楽しませるには、話題で対抗せず、相手が言いたいことを黙って聞いてあげれば、大抵の人間は喜んで会話に満足するものです。

老若男女、と申しましたけど、会話の内容はそのカテゴリーで大体決まってます。
それに合わせていけば大抵会話は盛り上がります。

若い男性・女性には、今夢中になっていることを聞きます。
あまり自分の若い頃のことを言わないよう気をつけてますけど、ついつい「自分が若い頃は・・」と切り出してしまい、いつも反省してます。
この言葉は自分が上(年上・立場が上)ということを暗黙で宣言しているので、若い人間には好かれないのです。
むしろこのおじさんでも若い人の興味のある音楽とかの文化に触れたいという姿勢を見せます。
実際それで僕は最近V系のロックバンドが好きになりましたしね。
若い人間は経験値が少ないので、とうぜん話題のポケットは小さいのですから、やはり聞き手のこちらは小さく構えた方が会話は楽しくなりますよね。

自分より年上の男性・女性には常に敬意を払います。
これは僕が受けてきた躾や、剣道から学んだことがベースになっているのでしょうか。
一学年でも年上ならば、言葉使いは気にして会話します。
これらの人たちは大抵昔話をするのが好きなので、黙って聞いて上げることにしてます。
説教が好きですからね。僕も説教っぽくなってきたことを彼らを見て反省しています。

女性相手というカテゴリーですと、大体女性は”おしゃべりをする量”で互いの親密度を測る生き物ですから、どんな話題でも受け止めます。
ポイントは反論しないこと。そして次々にこちらのポリシーや意見を言わないことです。
言う時は”言うべき時に”言います。常に女性に意見してはいけません。
女性は「ただ単に話したいだけであって、意見なんて求めてない」ことが多いのですから。
ただ、困ったことに女性は何でもかんでもしゃべりだすので、僕が到底一生かかっても会わないような、たとえばその女性の親戚のおっさんとか職場のハゲ上司のことまで話し出しますので、これには閉口しちゃいますけどね。
女性の話すことをたくさん聞いてあげる男は、基本的にモテると思います。
そして少しシリアスな会話のときに、「どうしようかな・・」と迷いを見せたときだけ、ズバッと意見を言えばいいのです。
叱られたい女性とか、褒められたい女性とか、会話でいろんなサインを送ってきますので、それをちゃんと聞いて反応してあげれば、大抵の女性は喜んでくれるものですよね。
でもま、大抵は愚痴となんのためにもならない雑談ばかりですけど。
その会話の中の一瞬の急所を見逃さないのが女性との会話のポイントでしょうか。

男性相手の会話の時は、その人の職業とかが会話に色濃くでます。
営業職の人はやはり広く浅くになりがちで、話の方向性がコロコロ変わります。
技術系の人は関心のある話題のレンジが狭いので、会話をする前にその人の仕事の内容をよく知る必要があります。でないと相手がずっと無口なままで終わってしまいますから。
その中でも職人肌で、しかもとくに肉体労働系の人は、自慢屋で愚痴っぽく、文句ばっかり言う傾向があるので、嫌な流れになったら、さっさと相手の自慢できる話に切り替えてしまいます。
喧嘩で勝ったとか、いい仕事をしたとか、競馬で大当たりしたとかね。
男性相手の時は、ある程度こちらの話も聞いてくれる(関心を持ってくれる)ので、その点は女性よりも話しやすいですね。
僕がいろんな人と会って、一番会話が面白い男性は、やはり会社の社長さんです。
しかも儲かっている会社のね。

会話の最初に「でも・・・」「いや・・・」「しかし・・・」の反語をつけてしまう人は、話をしているこちらも気分がよくないです。
こういうクセを持つ人間の会話は進みません。知らず知らずに嫌われて避けられてしまうタイプです。
昔の僕はこういうタイプでした。言葉も性格も尖ってました。
ですから好かれることも嫌われることもハッキリと明確に判りました。
今思うと、そのときから付き合ってくれている友人には感謝しないと行けませんね。

日記でよく出てくる友人の”アニキ”は、そういう意味ではまったく会話の熟度が低いので、あちらの言いたいことばっかりを電話口で話します。しかも週に三回一時間以上の長電話で。
そんなに話すことが無いと、同じことを繰り返しだすので、始末に負えません。
彼との会話はいい加減疲れたので、最近は適当なところで上手く電話を切ります。
ところが中には会話の切れどころのない人もいたりして、そう言う人の聞き手に回ると、中断することも、話題の転換も出来ないときがあります。
しかも僕の興味のない話が続き出すと最悪ですね。
いつも「この人、話を”続けるのが”上手いなあ」と妙な感心をしながら聞いてるわけです。

さて、こんな感じの会話の心得を意識しながら生きている僕ですが、冒頭でも述べたように、聞き手に回ることが多いのです。
これではおしゃべりな僕はなんか発散出来てませんよね。
でも僕が本当に話したいことを話せる相手というのは、案外と少ないものです。
どうでもいい内容の話題ならば、そんなことはしょっちゅう誰とでも話せてます。
でも自分の今置かれた状況や心境、そして悩んでいることを打ち明けれるの相手というのは、本当に少ないものです。
というか、居ないかもしれない。

今のような半分引きこもりのような生活を始めてもうすぐ二年が経ちますけど、あれだけ毎日毎日誰かと会話をしていた僕ですが、ひとりきりで過ごすことの良し悪しを実感してます。
自分の中に溜まった悩みや不満、愚痴ですら誰も聞いてはくれませんからね。
たまに母親と話すくらいですし、それでは解消しないのと、親のアドバイスなんて身に染みることなんてないのです。
(春先に弟にワーワー言われて以来、弟とは口も聞かなくなりました。肉親ではこういのはダメなんですよね)

僕の中で溜まったヘドロのようなモノを聞いてくれる人っているのでしょうか。
僕は愚痴は言いたくないので、吐き出すのは悩みです。いや、悩みというより・・・なんなんでしょう。
それを受け止めてくれる「聞き手」は存在するのでしょうかね。
ええ、もちろん、ちゃんとした答えを返してくれる人です。

答えなんて、多分ないのでしょう。
結局は僕が嫌う「愚痴」が宙を舞うことになり、それを放った僕は自己嫌悪に陥るのでしょうね。
それを忘れさせてくれるのはお酒?歌?なんですか?

となると、世の中に無数に散らばるスナックと、そのママの存在意義ってのが、今になってよくわかりますね。
そしてそのプライスの意味も。
若い頃に上司に連れられてよく飲まされました。
なんて意味不明なお金を使うんだろうと思ってました。
でも今ならなんとなくわかります。
誰だって他人の愚痴なんて聞きたくないですから、値段が高くて当たり前。
僕もスナックに行って酔っ払って”愚痴”ったら、ひょっとしたら気分がよくなるのかしら。
そーだ!僕もこれから愚痴を言う奴からはお金とってやろうかしら。一時間1000円とか。w
となると、愚痴をタダで聞いてくれる相手というのは、有難い存在ですよね。


あえて僕はここで「聞き手が居ないという愚痴」を書きました。
でも別に相手を募集しているわけではありませんよ。
友人は多くいます。
その時にその分だけのヒントやアイディアをいただければ、なんとかあとは一人でやっていきますよ。
結局、最後に自分を救えるのは自分だけ、なんですからね。