気になったこと

さて、ここ数年はFacebookを利用する機会が多く、
友達申請をいただいて承認した人数も増え、
いろいろな投稿やコメントを目にできるようになって有益ではあるが、
「一部の人達はこんな主張をするのか~」とか、
「そんな人達がなぜ自分に申請を送ってくれたんだろう?」とか、
複雑な気持ちになることも増えた。
(情報収集を含めているので、基本的に誰もブロックせず閲覧している)

そこで先日、どうしても気になったことが。

某大手メーカー有名飲料水の新製品について、
友達登録の中に正反対の感想を述べている二人がいて、
両記事をシェアして意見を戦わせてもらおうかと思ったが止めた

自分の意見がどちら寄りかは言わないけど、
細かい要素はさておき、きっと両人の期待していた味が真逆で、
色に例えると、“灰色”は白を期待した(または白が好みの)人には黒く感じ、
黒を期待した(または黒が好みの)人には白く感じるってことでしょう?
それならどちらも理解できるが、好みの問題かと。
企業側はよくよく考えて味の落とし所を決めたと思う。

・・・ここからは該当する人達に関係ないので誤解しないように。

今に始まったことじゃないが、
何かや誰かを否定する際に具体的な理由や考えも言わず、
主観的に断言して周りに悪評を広め、
鵜呑みに信じた人達がまた広め、という図式がよくある。

他人の意見に惑わされず、ちゃんと物事を判断できる人ばかりならいいけど、
そうではないので、下手すると営業妨害or名誉棄損になるのでは・・・?
(逆に“ステマ”のような図式もある)

今はインターネットの便利さからか、一億総評論家状態。
一般市民は世間への影響力がないからと、
何を言ってもいいわけじゃないと思うし、
自分は無名だろうがなかろうが気を遣っているつもり。
(もちろん完璧ではありませんが)

そして、“嫌なら見なきゃいい&読まなきゃいい”も、少し違うと思う。
場所によっては意志と関係なく目に入って影響されてしまう人もいる。

最近はインターネット上での表現に
気を利かせてくれる人達が増えたからマシだけど、
いろんな人が見て読んでどんな気持ちになるかを
全く考えない人は嫌いだ。

「こいつこそ偉そうに長文で面倒臭い奴だな~」と思われたかな?
俺ももっと要領よく生きてきたかったけど、どいつもこいつも・・・いや失礼、
“表現の自由”を履き違えないよう気をつけたいですね。

花、はな ハナ

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな

こんな詩が中学生の時の教科書に出ていました。
作者は三好達治ではなかったかしら、「測量船」という詩集にあったのでは?記憶さだかではありません。

今日はわが町の郊外に散歩、
一面の菜の花に遭遇、その昔、詩を初めて見たとき、菜の花畑が眼前に広がる、耳からの音もさることながら、視覚的な詩で、こんな風に詩は作れるのだと感心しきり、いつか自分もと思ったことがありました。結果、さっぱり駄目。

郊外は一面の菜の花もさることながら、チューリップも満開、
畑は色の絨毯。きれいです。

でもこれらの花って農作物なんですね。
菜の花は菜種油を採るために栽培されているもの、菜種油は菜の花の色そのままの黄金色のそりゃ美しい油です。揚げ物に使いますと黄金色の天麩羅できます。

チューリップ、きれいに咲いたところで、忙しく首をどんどん切っていくのです。球根育てているの、生産日本一なのです。皆忙しく畑にいるのは、色が混じっているもの、見るときれいなのですが不良品、咲いているときにしか識別はつきません。そこでそれらは根から抜かれるというわけ。

チューリップは大事な商品、その球根を作る為の商品。
関係者は時期はものすごく忙しく、美しいなんて少しも思えないとのこと。

さていちめんのなのはな、
を歌った詩人、その詩心をめでてきれいと感ずるわれら
それが菜種油をとるための植物で、チューリップは球根をとるためのもので、咲き誇ってもらうわけにはいかない、
そんな花たちであるとは思っていないだろう。

きれいさって、案外残酷なものであるかもしれない。