東京ドーム時代の選手が、また1人…。

正直言って、残念です。
オレは東京時代からのファイターズファンなのですが、
当初は「左打ちの捕手なんて、珍しいな。」という印象しかありませんでした。
あの当時で、ホークスの吉永選手とタイガーズの関川選手、
ライオンズの高木大成選手くらいしか浮かびませんでしたから。
バファローズの礒部選手は、もうプロ入りしていたかな?

それが一塁手にコンバートされて試合によく出るようになって、
バットを高々と突き上げてからのフルスイングは、
当時から魅力的でした。
特に、ライオンズ松坂投手のプロ初登板試合で、
センターバックスクリーンにホームランを叩きこんだのは、
今でも印象に残っています。

当時は2番打者でしたね。
ホームランをかっ飛ばす2番打者なんて珍しく、とても面白い印象がありました。
過去には、近鉄バファローズの小川選手のような例もあったようですね。
当時の上田監督は、「消去法で決めたらこうなった。」と言っていたような記憶があります。

当時は背番号2なんて、小技を使う選手や俊足の選手、
もしくは捕手の印象がありましたが、
小笠原さんの影響で、パワプロで強打の選手を作った際には、
背番号2を与えたものでした。
まあ、こちらも近鉄バファローズには栗橋選手や鈴木貴久選手がいましたが。

2006年の日本一、アジア一にも貢献してくれました。
SHINJOが騒がれていましたが、
打線の核として、キャリアハイの活躍だったと思います。

ただ、シーズン終了後にジャイアンツに移籍してしまったのは残念でした。
一方的な言い掛かりなのですが、暫くジャイアンツに対して憎悪の炎を
“更に”燃え上がらせてしまったものです。

ただ、近年はフルスイングをしても、
打球が弧を描いて飛ぶ印象がありませんでした。
それだけ、もう限界なのでしょう。
あの打法は、子供が下手に真似すると体を壊すと聞いたことがあります。
それだけ、体力を削っての戦いだったのでしょう。

思い起こせば、2010年頃の統一球導入以降、
それに苦慮して調子を崩して行ったような気がします。
それが残念です。

ファイターズで大活躍してくれた選手が引退してしまうのは残念ですが、
オレとしては、当時の本拠地・東京ドームでも活躍していた
ファイターズの選手が引退してしまうことが大変残念です。
これで、チームには一軍定着前の田中賢介選手と飯山選手くらいでは無いでしょうか。
時の流れを実感する次第です。

最後に長い間、お疲れ様でした。
いずれ、指導者としてグラウンドに帰って来てくれることを願います。
ただ、ファイターズの監督はいいかな…。
叩かれている様子を見るのは、嫌だからな…。
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