梅雨入りだって

関東も梅雨入りしたと先ほど気象庁から発表された。あー梅雨かー。
確かに太陽ぴっかぴかの時より気温は低いんだろうが、湿度100%じゃ逆効果っていうか…。汗かいても蒸発しなくて不快指数半端ないよね。
最近の関東は亜熱帯みたいな気候で雨も多いから、とりたてて梅雨になんなくてもいいんだけど。あ、稲が育つためにはそうもいかないのかな。
まぁなんにしても、しばらくじめじめで、それが終わればどうせまた猛暑だ、と。
威哥王
来月末までの事務さんは相変わらず、忙しくなると余裕がなくなるためかすっごい冷淡なっていうか機械的なっていうか、とにかくけんもほろろな態度になるが、仕事が一段落すると急にフレンドリーに戻る。昨日の日中がまさに前者で、もうめんどくさいな、早く辞めてしまえと思ったりもしたが、夜になって態度が急変するとやっぱり別れるのはさびしいなとか思ったり^^;。
新しい事務さんは、まぁそんなに気が回るって方ではなさそうだが、まだわかんないよね。今は言われたことをやってるだけなわけだし。でも私生活では意外とおっとりしてないみたい。仕事がおっとりしてて性格が攻撃的だとちょっとやだな(笑)。
蔵八宝
なるべくお手本になるようにいろんなことを目の前でやってみせてはいるんだが、結構皆さんって人のやってることなんか見ちゃいないらしいってことに最近気づく。常に回りのやることを気にして、なるべく他の人が仕事しやすいように、いい気持ちでいられるように考えて行動してる私が変わってるのか。

ダイエットは今のところ順調で、10日弱で4kgほど減った。たったそれだけで、駅の階段の上り下りが格段に楽になるってすごいな。帰りの電車で立ちっぱなしでも大丈夫だし。しかしこんなことで満足している場合ではない。
昨日は仕事が遅くなって、最寄駅に着いたのが20時半過ぎ。ダンナは先に駅前で待っており、もう時間ないからコンビニのお弁当でいいよってことになった。
最近のダンナはこまめにカロリー表示を見てから買っているのだが、昨日はセブンイレブンのあんかけかた焼きそばを選び、それ以外にご飯ものが少し欲しいと言う。んで、チルド弁当の親子丼を半分ずつ食おうと言う。

球体関節とナチス

昨日は人形作家ハンス・ベルメールの誕生日だった。
1902年、シュレジエン地方の裕福な炭鉱技術者の家に生まれた彼は、夢見勝ちな少年だった。「少女の面影を残した」優しい母親は彼の趣味に理解を示したが厳格な父はハンスの性格を矯正しようと、炭鉱での労働を命じた。「労働を通じての矯正」は、ナチス初期の強制収容所の目的と同一だ。実際、この父親はナチス党員になっている。
三體牛鞭
ハンスはベルリン工科大学に入学するが、ナチスが政権をとるとこれに反発、国家への貢献に繋がる全ての活動を拒否する、として人形製作に没頭する。16世紀のデューラー作と伝えられる球体関節を持つ人形に触発されこれを取り入れた不気味で不思議な作品で、ナチスの「健康な身体」指向を批判する。1938年にはフランスに移りシュールレアリストと交流、自身もその1人として高く評価されるようになる。第二次大戦が始まると敵性国人として抑留されるがドイツの勝利とともに解放され、大戦中は南フランスで過ごした。
蟻力神
日本にハンス・ベルメールを紹介したのは澁澤龍彦であり1965年のことだ。これに刺激されたのが四谷シモンである。

私が1980年代初頭にハンス・ベルメールを知ったのも澁澤龍彦の著作を通じて、である。球体関節には「GIジョー」で馴染んでいたが、ベルメールは中々にインパクトがあった。

このころは「ロリコン」の勃興期であったが、それに関連して「人形」にも注目が集まっていた。タカラのバービー人形がバルキリーと絡む写真同人誌もあり、また同人誌「人形姫」は球体関節人形のイラストレーションを載せていた。

当時、既に軍服を着ていた私は、ある酒席で、ベルメール、バービー、GIジョーを論じ、「自らも人形である。」と宣言し喝采を浴びた。ところが言った方も聞いた方も、酔いが醒めたら内容をさっぱり覚えていなかった。

ハンス・ベルメールは反ナチスでありながら、たいした迫害を受けることなく大戦をやり過ごしたようだ。ナチス党員だった父親が秘かに庇護していたのかもしれない。だとしたらベルメールもまた、父親とナチスの手の内で踊る人形だったのかもしれない。