余程優秀でない限り日本では転職してもキャリアアップにはならない

転職もキャリアアップの方法の1つとして認められているアメリカと違い日本で転職を成功させるのは至難の業ではないだろうか?
技術職での転職も大変だろうが、営業職でなどと言ったら相当な経験と実績がないと難しい。
日本の転職市場の小ささと弱さのせいで、新卒で正社員として入社、1年で転職と言った場合、ほとんどの場合次は非正規雇用になってしまうのではないか?

正社員として転職を重ねられるのはほんの一握りの人だけだろう。
この程度の経験と実績しかない人に会社の何が分かるのか?
20数年社会人をやっている人々にはそうにしか見えない。

大学3年の冬から始まる就職活動の時期になって初めて企業研究をする学生が多いだろうが、大学に入ったらすぐにアルバイトやインターンシップ、ゼミの教授や先輩などを活用して企業との関係づくりを始めないと将来の幹部候補生として採用されることは無いと思う。
3年の終わりになってから始まる企業説明会からエントリーする学生は、卓越して優秀でない限り使い捨ての駒として採用する存在でしかない。
そんな使い捨ての駒が何度転職を繰り返してもキャリアアップなどは望めないのだ。
日本で転職するのはできるだけ控えたほうがいい。新卒の時に長く勤められる会社を選べるか、そして会社に選んでもらえるかが鍵だろうな。
妻之友
徳国黒金

「大切な人」を大切にすること

……ふと,同じパートナーと離婚,再婚を繰り返した芸能人を思い出した。

ヨリを戻したとしても,また同じことを繰り返す可能性って,そんなに低くないのかな。

正直,こういうのが好きな人って,滅多に居ないと思う。
私も苦手。

一方的に別れを告げられたり,連絡を絶ったりして,「やっぱり,好きだったの……」と戻ってくるのって,どうも,受け入れにくい。完全に出会ったばかりの頃の,元の感情に戻ることも無いと思う。

人を大切にしない人。
自分の行動や言動に責任を持たない人。
超エゴイストで,人のことを何も分かろうとしない人。
自己完結的で,自分の誤解に気付かない人。

……そんな不信感や,わだかまりが,必ず残る。

特に,オトコと言う生き物は,「一途な人」のほうを好む場合が多いと思う。
私なんか,執念深いと言われるくらい,思いがブレない人のほうが好きだし。
「彼女を独り占めしたい」と言う心理も,結構強く働いているかも知れない。
安心できる,と言うことも,あるかも知れない。

わざわざ感情の不安定な女の子の受け入れるのを好む?
確かに,この子は放っておけない,と言う心理は働くけど,それを恋愛感情に繋げてしまうのは,けっこう危険な気がする。

自分の想いを伝えるのは大変。
相手の想いをきちんと受け取るのも大変。
半分も伝わっていれば大成功だ……ぐらいに思っていても構わないくらい。
だから,誤解を生みやすいし,分かってもらえた時は,とても嬉しい。
誤解して受け取られても,相手にとっては,それが全て。
「彼女(彼)のことは,何でも分かっている」,なんて,思い上がり。
どんなに近づいても理解しきれないから,分かろうと努力する。
もちろん,好きな部分も嫌いな部分も出てくる。
相手の想いは,自分の想像とは違っているだろうし,自分の想いも,きちんと伝えられている保証もない。
狼一号
D5原液
天天素

現場の本音、役所の思惑

未婚の理由1位は「適当な相手にめぐり合わない」 - 厚生労働白書

「適当な相手にめぐり合わない」と言うのは、自分以外のところに理由を求めた「言い訳」でしかない。
これが本当なら、「適当な相手」と認めてもらえない人が、この意見とほぼ同等(あるいはそれ以上?)存在する、とも言える。自分が結婚相手に適していると認められないのを人のせいにしているわけだ。
VigRx
こういう、自己都合的な理由を並べる事例は多い。要は、わがままになって、お互いに折れ合ったり歩み寄ったりするのがイヤなのだ。イヤと言うよりも、臆病になって、そういう形で異性と向き合う勇気が出ないのかも知れない。
実際、「1億総中流化」などと言われた時代よりも前の時代には、現在と同等、あるいはそれ以上に低所得層が存在し、大卒以上の人は少数派だった。それでも、人々は幸せと豊かな暮らしを求め、願い、結婚し、家族を持った。

経済的な理由も結婚にはプラスに働いていたのだ。1人暮らしより2人、さらには家族が増えるに従い、1人当たりの住居費も食費も割安になるからだ。そして、血族や親族、地域のつながりも緊密であったため、こうしたコミュニティの相互扶助も功を奏した。結婚することが確実に経済効果があり、人と人とのつながりを強くしていった時代が、過去には確かにあった。
紅蜘蛛
それがなぜ、今は出来ないのかを考えるのが、もっと現実的ではないだろうか。
その根本的な原因を見ずに、結婚しない人の理由だけ聞いて白書にまとめても、たいして意味はないと思う。いや、役所的には「こんな課題が見つかりましたよ」と言う、白書作成による成果をアピールできる。議会はそれを元に政策論議も出来る。

でも、そこから生まれる政策に、実際の効果はどの程度あるのだろうか?
最初に指摘したとおり、「結婚しない理由」はだいたい、個人のわがままとか、人と人が歩み寄ることを恐れる臆病さ、「経済的に結婚は無理」と言った見栄(昔は「貧乏だから結婚する」、と言う方向だった)など、さまざまなコンプレックスの上に出てきた、数々の「言い訳」に何らかの政策を打ったとして、その根っこを改善することは出来るのだろうか?

「白書」は役所の政策目標策定のための原典になる。だからと言って、それがすべて正しい方向を示すものではなさそうだ。そんな調査にきちんと回答してくれる人がどの程度いるのか、考えてみれば分かることだ。それを「絶対的な根拠」にするのは、危険だと思う。「現場」を把握する努力は常に必要だ。