慌てて顔をそむけた

舞踏会は盛況で、沢山の町娘たちが立派な衣装を着た若い男たちとダンスを踊り、賑やかに笑いさざめいている。
私たちが到着すると、早速に王子が挨拶に出迎え、娘たちを眺めて、満足げに薄汚い笑みを向けた。娘たちもひ服务式住宅出租きつった微笑みを返し、王子に礼儀正しく挨拶した。
それから、二人の娘たちそれぞれと王子はダンスを踊り、何事かを取り巻きの若い貴族に囁いて、ホールの奥、玉座の傍らにある王子の席へ引き上げていった。
どうやら、妹の方がお気に召したようだ。
気のやさしく、とても思いやりのある子。親孝行で、笑うとできるえくぼがチャーミングで・・・・・・

涙があふれそうになったから、慌てて顔をそむけた。そしたら、視界に偶然、その子がホールへ入ってくるのが見えたのだ。
「どこのお嬢さんかしら? とても綺麗だわ」
「清楚で美しい娘さんね。どこの家の方かしら?」
「可憐なまるでお花のような。素敵な方だわ」
周りにいた町の人たちが、早速その娘に目をとめ、なかば憧れるような声で吐息のようなものをもらしている。
――本当に美しい人。
私もその女の人に見とれてしまっていたのだけど、急に、娘のうち姉の方が私の袖を引いて耳打ちしてきた。

「ねぇ、あの今入ってきた人って、あ服务式住宅出租の娘にそっくりじゃない?」
「えっ?」
「ほら、泣きぼくろとか、髪の色とか、歩き方とか」
改めてしっかり眺めてみる。姿形こそ見違えるほどに華麗に着飾ってはいるが、よくよく見ると、たしかにあの娘にそっくりだ。いや、あれはあの娘だ。
――でも、なぜ? あの娘は、今、夫の屋敷で留守を守っているはずなのに。それに、あの娘の持ち物の中に、あのようなドレスも、宝石も、ガラスの靴も、なにもなかったはずなのに。
ホール中の視線を集めながら、その娘は伏し目がちにしずしずと進んでいく。

一方、奥の方で、取り巻きの連中と談笑していた王子も、その娘に気が付いたようだ。途端に驚いたような顔をして、まるで心ここにあらずというようにフラフラとした足取りで、ホールの中へ歩みを進めていった。
そして、二人は出会い、二言三言会話を交わしたあと、不意に始まった曲に合わせてダンスをするのだった。
それから三時間以上、二人はぶっ続けにホールの中央でダンスをした。王子は熱の浮かんだ顔で、その娘を見つめ続け、目を離せなくなった様子。もう私の娘たちには興味をなくしたようだった。
その光景を眺めながら、私は何度も自問しつづけていた。
――どうして? なんで? なんで、あの娘がここに? なぜ、なぜ、あの娘が王子と踊っているの? もし、このまま、あの服务式住宅出租二人が結婚するようなことになったら・・・・・・

夫のひどく落胆した顔が頭の中に何度も浮かんで、うずまいた。
――あの人を悲しませたくはない。でも、どうすれば・・・・・・

笑顔がまぶしい

すぐそばから聞こえてきた声に驚いて、石鹸をとり落としてしまった。洗面台にたまった白い泡の中に、すっぽりもぐりこんでもう見えない。けど、今はそんなことより、
「な、なんで、牧原がいるんだよ!」
「藤川、おすっ!」
ショートカットの小さな顔新娘化妝課程の横で、華奢な右手を上げて挨拶。それだけで周囲に幻のお花畑が広がった。
俺と同じクラスの女子で、教室では隣の席だから、朝と帰りに挨拶を交わす程度の間がら。もっとも、それは俺だけではなく、牧原の周囲に席がある男子全員がそうなのだが。
でも、俺にとっては、女子とそんな関係にあるのは牧原ぐらいなものだ。だから、俺にとっては特別といっていい関係で。

「なんで?」
「ふふふ、焦ってる。焦ってる」
俺をいじるのが心から楽しいかのような笑顔がまぶしい。本心からなんかじゃないことは薄々感づいてはいる。大体、自分が異性からどう見えるかぐらいは知っている。俺はそこまで自信家なんかじゃない。
「そうだよね。こんな可愛い子が突然、家のDR REBORN老闆中に現れたんだもね。うふふ」
「え、えっ? ええっ!」
「もう、そこは『どこに可愛い子がいるんだよ』って突っ込むところでしょ」
驚いてまともに話せない俺に、不満げな様子で頬を膨らませて見せてきた。牧原と『おはよう』とか『さよなら』以外の会話をするのって、いつ以来?
「あ、ご、ごめん」
「ううん、そこは別に謝らなくていいからね。ふふふ」

「藤川、ちょっとトイレ借りるねぇ」
「あ、う、うん」
気が付いた。俺がこのままボサッと立っているとトイレの入口をふさぐ形になって通れない。牧原の横を通り抜けて廊下へ出る。そこへ牧原が足を踏み入れてきて、そのままドアノブに手を伸ばして・・・・・・
ん? いや、待てよ。つい今しがた、そのドアの向こうでは俺が用を足したばかりだ。ちゃんと水は流したし、便座は下ろし直した。けど、俺が使った後だから匂いってヤツはまだ漂っているはずで。
やばっ!
慌てて、手を伸ばして、牧原の腕をつかむ。
「ちょっと待って」「え? なになに?」
「お願いだから、ちょっとタンマ」
「えっ ええっ・・・・・・」
そのまま牧原を俺の方へ引き寄せた。ほん新加坡套票の瞬間だけだけど、抱きしめる形になった。すぐに体は離したけど。

直後に、硬直している牧原と眼があった。真ん丸に見開いている。
それから素早く体の位置を入れ替えて、トイレのドアを開き、中へ入る。隅に転がっている消臭剤を拾って、シューッとひと噴き。たちまちラベンダーの香りが広がった。
うん、これでよしっと。もう、俺の残り香はないはず。ふぅ、危ないところだった。こんなことで嫌われるのも、ヤだしな。俺にしては機転が利いて上出来だっただろう。

整いました

暑いからと言って外に出ないとほとんど動かない一日になってしまいがちなので、今月は、いや、とりあえず今日は、「家の片づけの日」と昨夜のうちに決めていた。

洗濯をしながら、まずはモチベーショ探索四十課程ンアップにとYouTubeで片付け系の動画を、コーヒーを飲みながら観る。(←なんか違うと思うけど、いきなりは身体が動かない)

とんでもない汚部屋がみるみる片づいていくのを観るのは面白い。いやあ、どうしてこんなに散らかるんだろう、うん、うちは大丈夫だ、特に片付ける必要ないぞ……って、それじゃだめなのだ。

カラーボックスや突っ張り棒や、100均でいろいろ買ってきて工夫する系や、ホームセンターを巡って大物家具を作緊緻面霜るDIYも、見ていると面白い。でも、うちには必要じゃないし、ものが増えるのは避けたい。

さらに、なんにもない系の人の部屋を観てみる。物が少ないというか、ほとんど無くてきれいさっぱり。床が全部見えているのは掃除が楽そうでいいなあ……とは思うけれど、ちょっと方向性が違う。

などなど、見ているだけでは時間が経ってしまうだけだ。

まあ、分かっていたんだけど。

結局、新たに物を増やさずに片付けるという意味では、こんまりさん流の「全部出して要らないもの長效維他命Cを捨てて、要るものをきれいにしまい直す」がわたしには合っているのだと思う。

フランス的一日

昨晩というのか今朝というのか、午前零時過ぎに帰宅。三十分、ぼーとビール。寝る。午前三時十五分、起床。ほとんBBA 出路ど寝ていない。仕事。ガレージで車の掃除を終了したのが、午前七時。普通なら、八時半には家に着いている。本格的二度寝の予定。地下鉄、郊外線、最寄り駅、下りる。電車がない。

また、地下鉄に乗り、サンラザール駅へ。ホームを出る電車の後姿に紙テープ。疲労タイタニック。次の電車、二時間後・・・。そう、フランス名物、国鉄ストなのだ。寒波、霙の中。こちらは、ほとんど寝ていない。倒れそうになる。急に顔がダニエル・クレイグになる。不思議な笑い方。一昨日、カバンの取っ手に結んでいた折り畳み傘をどこかで落としている。こういうチョンボは滅多にしないけれど、やはり、疲れている。道筋を戻る。当然、拾われて、持って行かれている。フランスで、一旦、体から離れたものが戻ることはないのだ。カミサンもね。そうすると、算数的乗り継ぎ帰宅になる。

段々、雨土砂降り。帰宅駅からの道筋を考えると、その合間にどこかで傘を買わなければならない。コンビニなんちゅ機票網うものはない。早朝、開いている店もない。どこで調達するのか? しかも、安物買いのなんとかで、フランスの安傘は三回差すとアウト。私は嫌いなのだ、こういうのは。多少、高くても、何年か持つものを買いたい。算数的乗換えの合間に、開いているスーパーを見付ける。「雨と共に生きる」という赤いロゴの入った傘を購入。赤い文字のデザインが女性的でちょっと気になる。おかまに間違えられるし口説かれる可能性が高まる。おかまに他意はないけれど、こちらは寝ていないから女性でさえしんどいのに・・・。

しかし、傘はとてもいい出来。気に入る。と、駅に着いて、土砂降りの中買い物して帰宅して一時間半寝て昼食風呂ピアノブログ料理と俺はピカソかよぉーと思いつつこの異常な高年エネルギーはなんなのだぁーとも思うけれど来週のコンサート大先輩三人に羽交い絞めやばいから練習せんといかんのだうで海鮮カレーを食べてトゥルルさまーず見て寝るのだけれどあびるはなんか諸フランス女してしいる。同性の好感度は低いだろうけれど俺は好きだなこういう感じ自由感と衒いがないい澳洲黃金海岸いナオンだ、ジャズってる彼女。大竹さんと三村さんはタレ目涙目でいつも見ている。大ファンである。

ブログトーナリティー

「トーナリティー」、音楽用語。「調性」と訳される。単純に曲の音階でもあるし、その曲の色調とかムードという意味も含まれている感じがする。私は一度、ブログを完全に閉鎖しようと隆胸思ったし、二か月ぐらい記事を書かなかった。ブログという媒体に飽きてしまったせいである。閉鎖しているのにサイトはそのままにしていた。やはり、未練があったのだろう。
ところが、閉鎖中の閲覧数が変わらないという現象が起きた。これは正直不思議だった。元々一桁アクセス零細企業的ブログではあるのだけれど、「閉鎖しているのに閲覧数が変わらない」。これは心に染みた。静かな静かな応援者の方々の存在をインターネットの画面の中に感じた。そして、とうとうフェアリーさんからコメントを頂いた。「楽しいわ、うっふふふ」って。もうこうなると、ピアノの蓋を開けたまま、「僕は演奏しませ
んっ!」と意固地になっているピアニストなんじゃね?弾けよっ!書けよっ!と
なった。
結局、再開したのだけれど、ブログ自体には飽きている。のに、なんだか楽しいのだ。これは静かな静かな応援者の方々のテレパシーなんじゃね?ふむ、もしかすると私はその応援者の方々に向け瑞典旅行團てお手紙的私信を書いているのかしらぁー?というトーナ
リティーに私のブログは移行したような気がする。

おまけに、私のブログの順位が三位。二年前ぐらいにも一度だけあった。ブロガー全盛期の頃と言ってもいい。今は全盛期を過ぎた余生ブロガーと化しているのにこの順位は凄過ぎる。これも静かな静かな応援者の方々なくしてありえないのだ。深々とお辞儀。ところで、ブログの順位自体には興味はない。でも、応援して下さるという心意気に熱くなる。嬉しいのだ。
プロ野球の順位じゃあるまいし、何位でも構わないのだけれど、単純に多少は目に付きやすい辺りがいいかしらねぇーというのはある。やはり、インターネットを通して書いているのだから、読者の方は多い方が楽しい。でも、他のカテゴリーの閲覧数、ゼロが二つ多かったりするから、これは恐ろしい。エッセイ部門のアットホームな数字を私は好む。ブログの炎上なんていう恐ろしい事態は、本当に恐ろしい。楽しくないのだ、うなもの。

そうかぁー、ブログの進化ではなくて私科技轉移信化なのか?いいよねぇー、自分のブログだからね。