笑顔がまぶしい

すぐそばから聞こえてきた声に驚いて、石鹸をとり落としてしまった。洗面台にたまった白い泡の中に、すっぽりもぐりこんでもう見えない。けど、今はそんなことより、
「な、なんで、牧原がいるんだよ!」
「藤川、おすっ!」
ショートカットの小さな顔新娘化妝課程の横で、華奢な右手を上げて挨拶。それだけで周囲に幻のお花畑が広がった。
俺と同じクラスの女子で、教室では隣の席だから、朝と帰りに挨拶を交わす程度の間がら。もっとも、それは俺だけではなく、牧原の周囲に席がある男子全員がそうなのだが。
でも、俺にとっては、女子とそんな関係にあるのは牧原ぐらいなものだ。だから、俺にとっては特別といっていい関係で。

「なんで?」
「ふふふ、焦ってる。焦ってる」
俺をいじるのが心から楽しいかのような笑顔がまぶしい。本心からなんかじゃないことは薄々感づいてはいる。大体、自分が異性からどう見えるかぐらいは知っている。俺はそこまで自信家なんかじゃない。
「そうだよね。こんな可愛い子が突然、家のDR REBORN老闆中に現れたんだもね。うふふ」
「え、えっ? ええっ!」
「もう、そこは『どこに可愛い子がいるんだよ』って突っ込むところでしょ」
驚いてまともに話せない俺に、不満げな様子で頬を膨らませて見せてきた。牧原と『おはよう』とか『さよなら』以外の会話をするのって、いつ以来?
「あ、ご、ごめん」
「ううん、そこは別に謝らなくていいからね。ふふふ」

「藤川、ちょっとトイレ借りるねぇ」
「あ、う、うん」
気が付いた。俺がこのままボサッと立っているとトイレの入口をふさぐ形になって通れない。牧原の横を通り抜けて廊下へ出る。そこへ牧原が足を踏み入れてきて、そのままドアノブに手を伸ばして・・・・・・
ん? いや、待てよ。つい今しがた、そのドアの向こうでは俺が用を足したばかりだ。ちゃんと水は流したし、便座は下ろし直した。けど、俺が使った後だから匂いってヤツはまだ漂っているはずで。
やばっ!
慌てて、手を伸ばして、牧原の腕をつかむ。
「ちょっと待って」「え? なになに?」
「お願いだから、ちょっとタンマ」
「えっ ええっ・・・・・・」
そのまま牧原を俺の方へ引き寄せた。ほん新加坡套票の瞬間だけだけど、抱きしめる形になった。すぐに体は離したけど。

直後に、硬直している牧原と眼があった。真ん丸に見開いている。
それから素早く体の位置を入れ替えて、トイレのドアを開き、中へ入る。隅に転がっている消臭剤を拾って、シューッとひと噴き。たちまちラベンダーの香りが広がった。
うん、これでよしっと。もう、俺の残り香はないはず。ふぅ、危ないところだった。こんなことで嫌われるのも、ヤだしな。俺にしては機転が利いて上出来だっただろう。
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