言葉の表現とオノマトペと

最近物忘れが以前よりひどく、年齢を感じています。

そうして、物忘れの1つに言葉があります。
日本語の単語が出てこないのです。

言いたいこと、表現したいことが出来ないと言うのは何とももどかしき苦痛ですね。

逆に言えば、言葉と言うのは、我々人間の内にある思いや考えなどを伝える為に作られた訳で、その数や種類が増えれば増えるほど、表現の幅が広がったり、自分が伝えたいことをより正確に伝えられるようになります。

それだから、幼い子供たちは、自分の思いが正確に伝えられず、やきもきして癇癪を起こすようなこともあるのではないかと思います。

タイトルにあるオノマトペってご存知でしょうか。
私は頭の良い親友のメールマガジンにその単語を見つけ、意味が分からなかったので調べました。

端的に言うと、 擬音語(擬声語)・擬態語の総称、となるようです。
確かに 擬音語(擬声語)・擬態語の総称って日本語で無いですよね、おそらく。そういった意味では便利な言葉です、確かフランス語です。

ふんわりしたかき氷を、スプーンでシャリシャリと音を立てながら口に運ぶ。

ここでは、ふんわりが擬態語です。かき氷はふんわりとしている感じですが、ふんわりと言う音を立てている訳ではありません。
シャリシャリは擬音語です。スプーンでシャリシャリと言うような音を立てているからです。

でも、よく考えれば、ふわふわのかき氷がシャリシャリするっておかしいですね。

仮に先の文章をオノマトペを使わずに表現しようとすると、

柔かな雲のようなかき氷を、スプーンで小気味よく軽やかな音を立てて口に運ぶ。

私の表現力の無さが余計に文章をおかしく仕立てていますが、やはりオノマトペ無しでは、正確にニュアンスを伝えることが困難になったり、言葉のリズムが流れるように読み進められません。

言葉と言うものは理性的なものですが、オノマトペと言うのは言葉でありながらも極めて本能的な表現なので、状態や音をそのまま表す情報の正確さや、感情に直接訴えてくる語調や、共感性を煽るものがあります。

逆に言えば、英語で犬の鳴き声が「バウワウ」ですが、日本人の私としては共感できませんし、はたまた昔の日本人は「びょう、びょう、びょう」と表現していたのに対し、現代人の僕は全く理解が出来ません。
しかし、共通の認識があれば、しっくりとくるのです。

そうして、今現在、私はつぶやきでも日記でもこのオノマトペ使用を禁止しています。
それは、私の理性的な部分で物事をどれだけ表現できるかと言う挑戦とともに、自分の中の面白味を出来る限り排除する為です。

普通は苦痛、でも、受け入れられれば楽になるような気がします。
威哥王
巨人倍増
三体牛鞭