マイノリティとして

少数派として、存在そのものが大切なんだと何とか生きてやろうかと思ってる。
昔からそうだけど、今やネットの普及によって、誰かの意見はどこかで見かけたものに。
昔より細分化されたように思えるけど。

その中で独自色の強いものを残せていけたら、それだけでも価値はあるんじゃないかと。
微力だから毒にも薬にもならないけど。

一般的な感覚からは受け入れがたい考えが多く伝わらない。自分より考えを詰めている人からは甘いと言われる。とても中途半端な状態。でも、そんな時だからできること、方法はあるもんで。
その辺は柔軟に。

少数派だから生きてやるってのは方便の一つでしかなくて、本心ではない。到底本心ではない。
けど、そんな枷もあったら役に立つかなーってね。
本心での生きるか死ぬかに関しては、今は考えても仕方ない時期だと思ってたり。
生きたいし死にたい。そんな矛盾のまま生きていくのさ。
そこに深い意味を見出すか、ハッキリしろよ!とか構ってちゃんだな!って突き放すか。
生きたいから何とか生きてみるけど、上手くいかないとか絶望を重ねて死にたい気持ちも出てくんのよ。

精神と肉体を何処まで切り離せるのか試す時期とか試す人がいてもいいと思うけどね。その果てに見えてくる精神と肉体の結び付きってのは、とても深く大切なものだったりするのかもよ。実践的だったり。

やたらと実生活・生きるってことが大事にされるけど、自らの研究や人生の果てに処刑されて来た人は、生きる事を第一にしてない。自分の行いの目的は食うことではない。
最終的には死を招いている。
それは愚かなのか。やっぱり食えなきゃダメなのか。
ま、その死へ向かう間自分の稼ぎで食ってるんだろけどさ。

死に様と生き様が深く結びつくようなこともあるのよ。
だからどうやって生きていくのかってのも良いけど、どうやって死ぬのかを考えていくのもありっちゃありなんじゃない?
ま、生き永らえようと思ってるけど

TDRの値上げ

日経新聞に特ダネとして出て
「現時点で決定している事実はありません」というのは、

またかぁーって感じです。

そして、16時くらいにニュースリリースがでる
このパターン、今まで何度体験したことか

現在6400円のワンデーを
4月をめどに400~500円値上げというのは

ユニバーサルが、明日30日から7200円になるというのも
このタイミングで発表、上げやすい要因なのかもしれませんね。

ウォルト・ディズニー・ワールドは
いくらなんだろうと思っって調べてみたら
マジック・キングダムは、1dayが99ドルその他のパークは94ドルでした。

最近、改修工事たくさんしてるし
今後10年で5000億円投資するとか株主に計画を発表してたので、
来るとききたなぁという感じですが

高くなっても行く計画をしてしまうのは
ハマってるということでしょうか

サービスと価格って、自分もよく考えたりするのですが

見合う価格、価値って人によって違うものだから
難しい問題でもありますね。

大人になるということ

土曜の深夜に放送された、福山雅治さんの
ラジオ番組を録音したものを聴いていたら、
新成人になる女の子から

「小中学生くらいのときは
 二十歳って大人だと思っていたけれど

 二十歳になったいま、自分は
 大人というのは程遠く

 そもそも、大人になるって
 どういうことなのでしょうか。」

という質問がきていて
とても興味深い話をしていました。

「大人になるっていうのは、どういうことか。
 例えるにあたっては、いろんな意味がありますが

 もし、一言で短めに簡潔に…というのであれば
 感情だけで動くことをしない人のことを
 大人というんじゃないかなと思います。

 やはり、感情というのが、人間にはあって
 感情のままに、子どもは泣き、叫びますよね

 こんどは、泣いてはいけないよと言われて
 泣かないことを覚えますよね。

 だけど、それをコントロールできないまま
 様々な喜怒哀楽もって、思春期を過ごすわけですが

 実際、社会人になり、社会に出てみて
 社会という共同体で生きていくにあたって

 感情論だけとか、感情的な行動だけとか
 感情的な発言だけをしている人は
 集団のなかでは、うまく生きていけないですよね。」

「それは、福山さんは
 どこかで、気づいたんですか。」

「前も、どこかで言ったことがあると思うのですが
 大人の社会、一般で生きていく以上は

 人がたくさんいて、人と人とが仕事を分担して
 仕事と仕事で生活していく世界で生きていくには

 揉め損というのをよく感じていて…
 揉めて得したことはないなと思うのです。」

「(そういうとき)よく、なんで言わないの。
 もっと言わなきゃって言ったりしますよね。」

「その言い方も自分が感情的になって
 思いに任せて言ったことというのは

 真実かもしれないけれど、
 真実じゃないこともありますよね。

 本当は、こういうことを伝えたかったのに
 今の怒りの感情だけが伝わってしまったとか。

 本当は、悲しいと思っているのに
悲しいことを伝えたいのに、伝わらなくて 頭にきていて、
頭にきているその怒りの感情だけが言葉に出てしまった。

 本来自分が感じている悲しみの部分は
 伝わらなかったということもありますよね。

 これが社会のなかで、たくさんの人がいるなかで
 守らなきゃいけないルールかなと思ってたんですけども

 たった一人、大自然のなかでサバイブするときもやはり
 感情に流されては生き残れないと思うんですよ。

 たとえば、雪山で遭難したとか
 野生動物がいる危険な所に踏み込んでしまったとか

 怖いという感情だけでなく、冷静に状況をすべて見て
 どれがベストの方法なのかということを
 冷静に判断する選択が必要だったりするんです。

 でもこれ難しいところが、
 感情的になってはいけないとか、
 そのまま伝えてはいけないというのが
 大人同士のルールだと思うんだけど、

 僕がやってるソングライティングとか、お芝居とか
 表現活動においては、初期衝動があってしかるべきなので
 感情的になる人ほど、いい表現をするという人も多いのです。

 難しいところですよ、バランスというところは。

 感情的になりすぎてもいけないし、
 感情を抑制して、コントロールしすぎても面白くないんです。」


こんな話をしてました。

「(少し腹立つこと言われても)
 感情的にならずに、それを笑って返せるくらいじゃないと。」

ちょうどそんな話をされてたとこだったので
まだまだ、大人になれてないなぁと反省です。