私の幼少期の記憶は

と、なると、もしかしたら忘れているのかもしれないが、今思っても「羨ましい」というような出来事を、幼き私はたくさん体験しているのかもしれない。今の時代は全ては録画されたり写真に撮られるが、私の幼いころはビデオはもちろん写真だってそんなに撮らなかった。
謎の幼少期だ。
いくつかの頭の中の記憶が持っている写真たちに助けられて、何とかラインとなってつながっているような記憶だ。
そして、それらの写真たちを見ていると、幼き頃の自分の笑顔が愛くるしく、どんなに幸せだったんだろう、、と涙が出そうになる。

サンルームの隅っこには何冊もの分厚いアルバムたちが追いやられ埃をかぶっている。
こんなにたくさんの写真、幅を取って本当に邪魔ぁ。もう見ないし、デジカメに撮って処分しちゃおうか、、なんて考えていた私なのに、甘茶の写真が無いか探そうとし、埃のかぶったアルバムを膝に、サンルームでぺっちゃんこ座りした。そして一頁、一頁、めくりながら眺め、胸がキュンと言い涙ぐむ。心の中では笑雨、お天気雨が降っていた雨の午後だった。

あ、舘山寺に行った時の写真、見つけた!
舘山寺に行ったことを覚えていない哲に見せよう!

鶴瓶の旅番組の浜松特集で、舘山寺が写り、ここ行ったね~、と言ったら、すっかり覚えていない哲だったのだ。

七夕は何とも言えぬ切なさを感じさせてくれる行事だと思う。それはもちろん、会いたくてしょうがない2人、織姫と彦星の気持ちが乗っている行事だからなのだろう。でも、それだけではない。七夕と言うと思い出すのはやはり子供の時の七夕で、少し蒸し暑い夕方の湿った空気と古い実家、あの時のおばあちゃん、ぱぱ、ままのことを思い出す。懐かしい古い家。

夏になると、ラッキーの散歩がてら、パパは良く私を散歩に連れて行ってくれた。氷川神社へ歩くのがいつものコースだった。犬の面倒もろくろく見ない私は、昼のラッキーの散歩はしぶしぶ行ったりしたものだが、夜の散歩は好きだった。1人では怖くて歩けない氷川神社の道もパパと一緒だと「怖く」なかった。

今年の七夕の数日前、「なでしこジャパン」の試合の日にママからメールが届いた。

さっちゃん、アメリカとなでしこジャパンのサッカー見ていますか?
アメリカはやはり強いですね。
なんとか、なでしこジャパン頑張って欲しいです。ではなでしこジャパン応援してね。

そう言えば、4年前のなでしこジャパンの試合の時も、ママは私に「さっちゃんはアメリカを応援するんですか?日本を応援するんですか?」というメールを送って来た。アメリカに住んでいようとも日本人、もちろん日本に決まってる!と思いながら、返信したのを覚えており、そしてこの日も同じ返信をした。

そのメールの中に、パパのことも書かれていた。

パパは七日に浜松で西高の天文部のクラス会がありますので久しぶりに日帰りで浜松に行きます。
天文部なので七夕に集まります。

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