前に科学博物館に行ったのは

楼蘭の美女のミイラが展示された時だったか。いや、昭和基地の寒さを再現した南極展の時だったか・・・あの時は、南極の隕石も展示されていたな。
 調べてみたら、楼蘭の美女は1992年、「ふしぎ大陸 南極展」は1997年だったようで、これが科学博物館に行った最後だったのかもしれない。もう10年も経っていた・・・

 最近になって科学博物館を訪れた子どもから、新しくなって面白くなったと聞かされた。
 何でも、3年前の愛知万博日本館の目玉だった、世界初の360度天球型シアターが科学博物館に移設されているらしい。

 2005年の愛知万博の時は、7月の炎天下に日本館の長蛇の列に並んだ。
 映像そのものはあっという間に見終わったが、まあ、それでも、それ以外の展示物が結構面白くて、ナノバブルという技術によって淡水魚と海水魚が同じ水槽で泳いでいるのには驚かされた。

 へえ、愛知万博の360度天球型シアターが科学博物館にあるんだ・・・
 ミーハーな俺としては、もう一度、あの映像を見てみたいと思った。まあ、子どもの方は、それよりも古生物の骨が面白いと言ってはいたのだが・・・

 連れ合いは、サンシャインのプラネタリウムに行きたがっていたが、夏のプラネタリウムは混んで大変だぞと言うと、科学博物館に一緒にくることになった。
 炎天下の上野公園を科学博物館まで歩くと、エントランスは地下から入るようになっていた。かつての本館1階の入口は、今は閉鎖されていた。

 360度天球型シアターは、地下のエントランスから入館してすぐのところにあった。日本館と名前を変えた本館の地下1階になる。
 映像は、愛知万博で上映されたものと科学博物館で新規に作られた映像の2本立てだった。プログラムによれば、愛知万博の映像が3種類、新規映像が2種類。6通りの組み合わせで、初年度は2ヶ月ごとに入れ替わるようになっている。

 360度シアターを見終わり、律儀な我々は日本館の1階から順に見て回った。展示方法がだいぶ変わっていたが、昔からの展示物も多かったように思う。
 3階には、フタバスズキリュウの骨格標本があった。

 「変ねぇ、子どもが言っていた古生物の骨がないわよ・・・」
 「ああ・・・第一、昔、本館1階の吹き抜けにあったティラノサウルスの骨格標本がねぇぞ。どこに行っちまったんだ?」

 我々は地下に降りて、別館に向かった。いや、別館というのは昔の呼称で、今は新館に建て変わって地球館と呼ばれている。

 本館から渡り廊下を抜けて新館に入って驚いた。
 何だ、こっちの方が本館に比べて数段立派じゃねぇか! エスカレーターもエレベーターもあって、国立科学博物館の黴臭さが少しもないじゃねぇか!
 本館の奥に、いつの間にこんな近代的なもの造っちまったんだ! 
 こりゃ博物館じゃなくて、ミュージアムってもんだろう・・・いや、英語で言ってみただけだが、その方がしっくりするくらいに垢抜けているぞ!

 ちなみにミュージアム(museum)には、博物館のほかに美術館、記念館という意味もある。
 国立科学博物館の英語表記は、National Museum of Nature and Science となっている。お隣の国立西洋美術館は、The National Museum of Western Art。

 律儀な我々は、本館をじっくり見て回ったので疲れていた。
 「休もうよ・・・」
 そうだ、昼飯も食ってなかったな。
 我々は「地球の多様な生物たち ―みんな、かかわりあって生きている―」というコンセプトも斬新な1階の展示室を通り抜けて、中二階にあるレストランに入った。

 さて、ここからがいよいよ本題である・・・

 精養軒が運営するレストランは、ガラス越しに照明を落とした1階展示室が見渡せるようになっている。ロマンティックな雰囲気漂うレストランで、メタボ夫婦は揃ってオムハヤシライスを注文した。
 さて、推定800キロカロリーのオムハヤシライスを食べていると、聴き覚えのある音楽が流れてきた。

 「この曲、何だっけ?」
 連れ合いに聞くと、連れ合いも知っているけど思い出せないと言った。
 「アニメの音楽じゃなかったかしら・・・でも、久石譲じゃないわね」
 「NHKのドキュメンタリーかなんかのテーマ曲じゃねぇか? 喜多郎とか・・・」
 「うーん、違うんじゃない? でもだいぶ前の曲よね」

 こういった時、気になり出すと仕方がない。
 しかし、結局、何の曲か思い出せないままに、オムハヤシライスを食べ終わり、展示に戻った。

 地下の恐竜の骨格標本や、爬虫類・哺乳類といった古生物の骨格標本を見て回った。
 子どもが面白いと話していたのは、巨大な水棲爬虫類・水棲哺乳類の骨格標本だった。骨格標本はさまざまな古生物の機能美をシンプルな造形で表現していた。
 古生物の骨は、悠久のロマンを感じさせて見飽きなかった。

 さて、閉館時間になって科学博物館を出た我々は、歩き疲れて、西洋美術館の隣にあるテラスで休憩することにした。
 「で、あの曲、どんな曲だっけ?」
 いかん、悠久のロマンに浸っている間にメロディーを思い出せなくなっていた・・・
 
 その日、家に帰ると、思いつく限りの言葉を組み合わせて、ネット検索してみた。心当たりをYouTubeで探しもした。しかし、目当ての曲は発見できなかった。
 「メロディーしか判らない音楽は、検索のしようがないわね」
 その通りだった。しかも、この曲の歌詞が思いつかなかった。
 メロディーだけの曲ではなかったか・・・

 二日後、連れ合いがメロディーを思い出したと言った。
 都合三日間、この曲が気になっていたわけだ。
 「ミ・ララ・ソソ・ミ、ミ・ララ・ソソ・ミ・ドレ」

 「レコード屋に行って、店員にそのメロディーを口ずさんでみたら、教えてくれるんじゃねぇか?」
 「冗談でしょ。恥ずかしくてできないわよ」
 「いや、本気、本気」
 「店員も判らなくて、ほかの店員にメロディーを口ずさんで訊いたりして・・・」
 「レコード屋の店員みんなが、同じメロディーを口ずさんだりしたら、面白くない?」

 もちろん、連れ合いは拒否した。
 それで私は、「ミララソソミ」をgoogle検索窓に打ち込んでみることにした。
 えい、ままよ! やけくそである。
 「!」

 1件引っ掛かった記事があった。
 「この曲探しています!誰か助けてー」という2ちゃんねるのスレッドだった。
 「判ったぞ!」

 私は2ちゃんねるに書かれていた曲をYouTubeで探し、連れ合いに聴かせた。
 「ほら、この曲だろ?」
 メロディーだけの曲だと思っていたが、その曲にはヴォーカルが付いていた。

十分満足している日々を送っている

美味しい、楽しい、嬉しい、そして時には辛く哀しい、でもまた元気になり、幸せを感じ、感謝して。
実際そんな風に生鑽石能量水 騙局きていることが出来る今、生活に不満があるなんてとても言うことが出来ない。そう、満たされた生活を送っているのは確かだが、、、
でも、何かまだ満たされていない感覚があるような気がする。そして、私はある日叫んだ。

哲っ!うっとりしたい!そう、うっとり!そうだ、そうだ、何が必要なのか分かった!うっとりする時間だっ!
???????
最後にうっとりしたのはいつだろう。。あ、和参かなぁ(←クリック)。
それは『美味しい』じゃないの?
うん、そうだけど、味覚と共に、あの雰囲気にうっとりしたんだもん。
あぁ、うっとりしたいなぁ。。それがリラックスにつながるような気がする。

そう気付いた数日後のことだった。
我が家のイヴェント係りは哲。私はいつも哲が計画するイヴェントに消極的に参加するタイプの人間だが、これを見た時はイヴェント係りを申し出た。

哲、これ行きたいっ!
ケネディセンターだって!

バレエ、ロミオとジュリエットだった。

いろいろな物に未だ憧れを持ち、この年になっても将来何になりたいか夢見ている少女の気分でいる私が、ずっと密かに憧れを持っているものは実はバレエだ。しかし、憧れを持っている私の体は、小学校、中学校の体力測定では前屈で+17センチという記録を持つほど体鑽石能量水 騙局が固く、バレエはそんな自分には到底縁の無い物だと思っていた。いや、+17センチでは実際無理だ。それなのに、一番大好きな映画ビリーエリオット(日本語では『リトルダンサー』)に触発され、何を間違えたか、チリにいる時にバレエにどうしても挑戦したくなり、小学生の時よりもさらに固くなっている体を引き下げて、バレエ教室に乗り込んだ。
何も経験の無い私がいきなりバレエ。周りは経験者ばかりの中、鏡を見ながらアンドゥトロワァと足を曲げたり伸ばしたりしている自分の姿は、漫才以外の何物でも無かった。無料体験ということで2~3度通ったものの、翌日にはものすごい筋肉痛になったりして、そしてもう二度とあの無様な自分の格好を鏡で見るのを珍しく恥ずかしく思い、諦めたのだった。

それほどまでに憧れを持っているバレエ。広告で見たジュリエットが取っていたポーズは、同じ人間とは思えないほどにカーブが美しく、しばらく放心状態でと眺めるほどの物だった。

ビリーエリオットに例を観るように私は映画はハッピーエンドしか観ないことにしている。映画の世界と現実を切り離すことが出来ず、映画を観るとしばらく気持ちを引きずってしまう私の心は、とても悲劇対応には出来ていないのだ。バレエは観たいけれど悲劇という所で迷いはあったが、あのジュリエットの姿を生で観たいがために、私達は土曜の夜、着飾った観客で賑わうケネディセンターに足を運んだのだった。

哲はストーリを知らず、始まる前に急いで目録を読んでストーリーを把握した。
そして、

これは哀しい話しだね。
そうだよぉ、哀しんだよ。絶対に泣いちゃうよ。。号泣しちゃうかも。あぁ、やだなぁ、アンハッピーエンド。。
大丈夫だよ、死んでも幕が閉じたあと、生き返って二人で手をつないで笑顔になって戻ってくるから。映画だったら死んだままだけど、生き返るから。

哲のそんな役に立ちそうにないアドヴィスに妙に納得し、暗くなった観客席の前に浮き上がってきたステージに胸躍らせた。

言葉が無いのに言葉以上に伝わってくる動き、、、ステージを舞うジュリエットは息を呑むほどに美しい。3部に分かれた長い舞台だったにも関わらず、私は前傾姿勢になったまま、最後の最後まで楽しんだ。まさにうっとりした時間だった。心が体がとろけそうだった。

次の日も、そして次の日も、その「とろける気持ち」は持続し、そんな今、自分は全ての感覚をフルに使っているように感じた。
そして、私がバレエを試みたことも鑽石能量水 騙局相変わらず覚えていない哲に聞く。

ところがある日

元々、お母さんが『お菓子をあげるから少し黙っていてね』というぐらい、お喋りでした。

ちゃんって声が変東京機票だね』とある子が言い出しました。
それを聞いて周りの子たちも、『そういえば、そうだね』といいました。

それを聞いた彼女は、それ以来お喋りが怖くなり、
だんだんと喋らなくなってゆきました。

ある日、お母さんは言いました。
『最近、すっかり喋らなくなったけど、どうしたの?』

彼女はお母さんに思いをすべて吐露しました。

それを聞いたお母さんは、
『あなたがそんな考えだったなんて、お母さんガッカリだわ。
いい?
弱いところ(弱点、短所)をね、弱いからいって使わなくちゃ、
どんどん、もっともっと弱くなっちゃうのよ。

からだのどこだっ服務式住宅短期租約て、使わなきゃそのうち動かなくなってしまうの。
だから、どんどん喋りなさい。』


それから、彼女はまた元のとおり、元気に喋るようになってゆきました。
それにも増して、放送部でどんどんアナウンスし、
彼女の動物の鳴き真似なんかが凄く評判になったりもしました。

そしていつしか、彼女は大きく夢を持ち、実現してゆくことになります。
今、声優として彼女を知らない人はいません。
彼女の名は-----

大山のぶ代さん。
ご存知、ドラえもんの声をやっておられた人です。


自分を「輝かせる」キッカケ創り。---
そこを得たとき、面埋線邊間好白いように前に進みます。

ウツになりそうだったが

ピアノにむんず調理油と腕をつかまれ、弾けといわれたそうだ。
で、ウツから逃れられるわけであるが、
趣味って、人生をバラ色にしたり、彩りを添えるだけでなく、
自分を生きさせてくれたりする。

わたしも社交ダンスは趣味であるが、足を故障したり、健康を害したりすると断念せざるをえない。
とすると、自分の生きる活力まで奪われるか?
というと、ちょっとショックだとは思うが、おそらく気を取り戻すだろう。
なぜなら、趣味はひとつではないから。
リスクヘッジをとっている。
バランス。
どっぷり浸かりながら、どこかに、引き戻れる退路を確保している。

カラダ(動)と、こころ(静)のバランスで、休んだり、動いたりする。


蝶ブログは、ブログ村の「エッセー」カテゴリーに登録しているものの、
わたしは、残念ながら読書嫌い。
創作作品よりも、ニュース記事や、世相を斬る記事のほうが好きだ。
最近は、写真や絵と文智能護膚章が、半々、もしくは、絵のほうが多いという本を好む。
読書より、映像・音響の、映画に、イージーに移行している。
(といっても、もともと読書はしないから、移行ではないが)

もっとカラダが動かなくなったら、鑑賞方面に軸足を移すことだろう。

で、昨日。
帰りにスーパーに寄ったら、3本98円の西洋ニンジンが呼びかけた。
「わたしを、買って」
と。

家にはニンジンが1.5本あるのだが、
なぜか、その強い呼びかけに、ふらふらとニンジンに手を差し伸べた。
時間も無いので、家で、手作り柚子味噌(いただきもの)をつけて、ステック※にして食べた。
(※切るだけ、とも言う)
わたしに強く訴えかけたニンジンは、ウツを救うかわりに、栄養偏りを救ってくれた。
ついでに、安かったので、家計も少し助けてくれた。

わたしは、芸術家になれそうもないので、ウツにはなりそうもない。
やはり、女性※は、「生活」である。

(※女性による女性への、女性・偏見香港住宅式酒店バイアス発言か。

團結就是力量

想當初,一個百孔千釣墨魚瘡的中國,面對日寇的侵略,中華民族,國共兩黨,也是肩並肩冒著敵人的炮火,不怕流血犧牲,才贏得了八年抗戰的勝利。其浴血奮戰的精神也如同紅樹林一般。

今天,一個開放的中國正在跨進世界的强林,一個民族更需要發揚紅樹林的精神和智慧,用血肉之軀與祖國共生共榮,才能讓一個强大的中國屹立於世界的東方!

我欣賞過廬山的俊秀,我體會過喜馬拉雅山的巍峨,我親近過天山的挺拔,也穿越過太平洋、地中海的波濤……也許,只有紅樹林給我詮釋了什麼是偉岸。

在海洋和陸地之間,紅樹林用它紅的心、紅的枝、紅的根烈烈成一片生命的綠色,護擁著綿延的海岸,抵香港酒店訂房禦著海的咆哮,讓它的身後氣象萬千,繁榮昌盛!用並不威武的身姿,實實在在地譜寫了山魂海魄的生命禮贊!

夕陽西斜,老艄公拔起船錨,準備返航,他問我:“看明白了嗎?”我點了點頭,目光一直沒有離開紅樹林。風起了,隨著海風陣陣,天空的霞光漸漸變成緋紅,落日的餘輝把紅樹林染成一片金紅!光影中的紅樹林在一片紅色中呈現出熱烈的神采,像極烈烈昇華的火焰,在夕陽躍動的火炭數學補習社餘輝中熠熠生輝……。