ところがある日

元々、お母さんが『お菓子をあげるから少し黙っていてね』というぐらい、お喋りでした。

ちゃんって声が変東京機票だね』とある子が言い出しました。
それを聞いて周りの子たちも、『そういえば、そうだね』といいました。

それを聞いた彼女は、それ以来お喋りが怖くなり、
だんだんと喋らなくなってゆきました。

ある日、お母さんは言いました。
『最近、すっかり喋らなくなったけど、どうしたの?』

彼女はお母さんに思いをすべて吐露しました。

それを聞いたお母さんは、
『あなたがそんな考えだったなんて、お母さんガッカリだわ。
いい?
弱いところ(弱点、短所)をね、弱いからいって使わなくちゃ、
どんどん、もっともっと弱くなっちゃうのよ。

からだのどこだっ服務式住宅短期租約て、使わなきゃそのうち動かなくなってしまうの。
だから、どんどん喋りなさい。』


それから、彼女はまた元のとおり、元気に喋るようになってゆきました。
それにも増して、放送部でどんどんアナウンスし、
彼女の動物の鳴き真似なんかが凄く評判になったりもしました。

そしていつしか、彼女は大きく夢を持ち、実現してゆくことになります。
今、声優として彼女を知らない人はいません。
彼女の名は-----

大山のぶ代さん。
ご存知、ドラえもんの声をやっておられた人です。


自分を「輝かせる」キッカケ創り。---
そこを得たとき、面埋線邊間好白いように前に進みます。

ウツになりそうだったが

ピアノにむんず調理油と腕をつかまれ、弾けといわれたそうだ。
で、ウツから逃れられるわけであるが、
趣味って、人生をバラ色にしたり、彩りを添えるだけでなく、
自分を生きさせてくれたりする。

わたしも社交ダンスは趣味であるが、足を故障したり、健康を害したりすると断念せざるをえない。
とすると、自分の生きる活力まで奪われるか?
というと、ちょっとショックだとは思うが、おそらく気を取り戻すだろう。
なぜなら、趣味はひとつではないから。
リスクヘッジをとっている。
バランス。
どっぷり浸かりながら、どこかに、引き戻れる退路を確保している。

カラダ(動)と、こころ(静)のバランスで、休んだり、動いたりする。


蝶ブログは、ブログ村の「エッセー」カテゴリーに登録しているものの、
わたしは、残念ながら読書嫌い。
創作作品よりも、ニュース記事や、世相を斬る記事のほうが好きだ。
最近は、写真や絵と文智能護膚章が、半々、もしくは、絵のほうが多いという本を好む。
読書より、映像・音響の、映画に、イージーに移行している。
(といっても、もともと読書はしないから、移行ではないが)

もっとカラダが動かなくなったら、鑑賞方面に軸足を移すことだろう。

で、昨日。
帰りにスーパーに寄ったら、3本98円の西洋ニンジンが呼びかけた。
「わたしを、買って」
と。

家にはニンジンが1.5本あるのだが、
なぜか、その強い呼びかけに、ふらふらとニンジンに手を差し伸べた。
時間も無いので、家で、手作り柚子味噌(いただきもの)をつけて、ステック※にして食べた。
(※切るだけ、とも言う)
わたしに強く訴えかけたニンジンは、ウツを救うかわりに、栄養偏りを救ってくれた。
ついでに、安かったので、家計も少し助けてくれた。

わたしは、芸術家になれそうもないので、ウツにはなりそうもない。
やはり、女性※は、「生活」である。

(※女性による女性への、女性・偏見香港住宅式酒店バイアス発言か。