固有名詞は書き換えすべきではないし、

明治時代の記事などを見ると、外国人や外国地名などの表記に苦心惨憺した経緯がよく分かる。

ギヨエテ、ギヨイテ、はその後、ギョエテ、キョーテ、が取って代わった。
これ、ドイツの文学者ゲーテだが、そこに落ち着くまでにゲイテ、ゲエテ、などもある。

つまり表記は時代とともに変遷し、時間をかけて定着する。

人為的に操作するまでもなく。
長音符号とて、歴史はたかだか100年あまり。

原音表記に近づけるための努力の結果だ。


他方、人名や地名の安易な書き換えや混ぜ書きは、行うべきではなく、漢字制限を半ば強要した文部省、現在の文部科学省の責任は重大だ。

役所の戸籍係や住民票の係、旅券窓口などで見かける「戸籍上の文字を使用してください」程愚劣なものはない。
徒らに濫りに文字制限を課すから、こんな事になる。

漢字が難しいならばルビを振れば良いだけの話。
かなに置き換えたり別の漢字に置換する必要などない。

70年以上前の新聞を見ると、紙面の暗さに驚く事がある。
多くの情報を伝えるべく、一行の文字数が今よりも多い事に加え、漢字とひらがな全てに振りカナを付けているからだ。

戦局悪化で紙やインクの割当てが厳しくなり、ページ削減が進んでも同じだった。

それに比べると、今は名実共にスカスカと言わざるを得まい。

記者の記事に顕れる誤字脱字を減らすために、このような出版物の必要性は認めるが、記者達が、必要としないくらいに言語能力、綴方を獲得して記事に臨む事の方が大切だろう。

間違っても「イングソップ用字辞典」もどきになってはならない。 五便宝
黒倍王
蔵八宝