またまた、中学。どーしたらここまで……

朝、7:30に来たメール。

「本日(16日)に予定しています校内マラソン大会は、天候が心配されますが、予定通り実施します。(※明日に延期すると、PTAの方の協力が得られず、安全面で不安なことと、天気は回復するものの強風が予想されます。)本日の実施に際して、小雨が心配されますので予定時間より少しでも繰り上げてレースを実施をします。ぶた汁の会、幹事会も予定通り実施ます。ご理解とご協力をお願いします。」

昼、13時かっきりに来たメール。

「雨天の中でしたが、校内マラソン大会を終えることができました。マラソン中に雨に濡れましたので体調管理を考え、午後の授業を中止します。生徒の下校については、午後1時30分から順次下校させます。また、下校をした際、家に入ることができない生徒は学校で学習(自習)をさせて、通常通り下校させます。よろしくお願いします。」

ちなみに、登校時から雨で、小雨、ではなかった午前中。

そして、1~3年生が、公園~学校付近の道路を3キロちょい走ります。

勤めてた頃なら13時にメールくれても、昼休憩終わってるから見れなかったね。
そして、専業主婦の今は、ランチ中だから、13時半までには帰れません。

中居の疑問は、受理不受理だったらしい。

さて、キラキラネームの何が問題なのでしょうか。
キラキラネームと言われると、何だか良く判らないけど、何だか良さげな響きを持ったカテゴリーと言うのがそもそもの間違えの始まりで、何かと勘違いをさせているのではないかと思います。
正確に言うならば、

①当て字名
②難読漢字名

と言った所でしょうか。

当て字:日本語を漢字で書く場合に、漢字の音や訓を、その字の意味に関係なく当てる漢字の使い方。狭義には、古くから慣用の久しいものについていう。「目出度(めでた)し」など。借り字。

難読漢字:難読漢字(なんどくかんじ)とは、読み方が熟字訓など表外のものであったり、当用漢字外の漢字や国字が入っているために、一般の人にとって読みにくい漢字系文字の総称。日本では特に一般の日本人にとって読みにくいものを指す。

となっています。
人の名前に関しては、今に始まった話では無く、昔から良くある話です。

香織
香里


等は、難読でも何でもありませんが、一文字は良くないとか、奇数漢字名は良くないという話があり、子供の為を思って二文字で表していたり、女性の名前は2で割れるのは良くないという話もあり、一文字で表したりする親の愛情の表れなのかと。
また、これも難読ではありませんが、聡と書いて

『さとる』
『さとし』

と読み方が違うというケースがあります。

名前とは、親が子供に最初に与えてあげられるもので、だからこそそこに親の愛が込められているというのは理解ができます。ただ、本文を読んでいて

知り合いと名前が被ったら変える。

まぁ、他に候補が有るのなら変えても良いのでしょうけど、1番の候補(ナンバーワン)を外して、被らない名前(オンリーワン)にするという事は、最初からその子の人生を暗示しているような気がしてしまいます。
親の愛が込められていて、こういう人になって欲しいという一番の願いを外して、次点を選ぶんでしょ?
どういう愛なのか疑問を感じます。

・瑠恋星(ルイズ)
 「一番星のように輝き、色々な人から恋しいと思われる人生になって欲しい」
・山桃(ヤンモ)
 「生命力が強く、こまめな手入れをしなくても大木に育つ山桃の木にあやかりたい」
・音夢(リズム)
 「お兄ちゃんの名前が“大夢”(ダイム)と夢がつくので、それに合わせた」
・万弥(バンビ)
 「濁点のつく名前を考えて、兄の通う“バンビ保育園”からとった」
・光環(リメル)
 「フランス語で光を意味する“リュミエール”から考えた」
・道(ルウト)
 「自分の道をしっかり歩んで欲しい」

この中で親の愛と言うか、願いを感じられるのは、道(ルウト)だけでしょうかね。
ただ、何で英語?
素直に『みち』でも良かったように思いますし、『道歩/みちほ』でもありだったような気がします。

道=ルート

多分、初見で読める人が居たらエスパーです。

山桃(ヤンモ)

気持ちは分かります。ただ、なんで『やんも』?
山は『やん』とは読みませんし、桃も『も』とは読みません。
ヤンモという音に意味があるのでしょうかね?
音に意味が無いのなら、山桃の品種から取れば良かったのかと。

瑞光(ずいこう)
森口(もりぐち)
亀蔵(かめぞう)
広東(かんとん)
紅玉(こうぎょく)
十六 (じゅうろく)

上は一部ですが全部で20品種あるそうです。
亀蔵は流石に可愛そうですが、瑞光辺りはヤンモよりマシな気がします。
ただ、『手を掛けなくても大木に育つ』という願いってどうなんでしょうかね^^;
生まれた瞬間から子育て放棄ですか?

綺麗事を並べてキラキラネームと称される当て字、難読名を付けられる方々が増えていらっしゃるようですが、名前と言う物を今一度考えてみては如何でしょうか。
余りに酷い場合は変名が可能の様ですが、基本的には、一生ついて回るその子の固有の物です。
一昔前は、良かれと思い文字数、画数等に拘るあまり、難読、当て字名がありましたが、今のは明らかに違いますよね?
上に上げた例もそうですが、他所で見かける物にも、『親の愛』と付ければ何でも許されると勘違いされている方が一定数いらっしゃる様に思えます。
それって本当に愛なのですか?

親が子供に願うのは、まず誰からも好かれる様な子供に育ってほしいという事なんじゃないんですか?
その為の第一歩が、親しみを覚えて貰える名前で、相手が呼びやすい、読みやすい名前から様々な思いが込められ、名前が決まって来るんじゃないんでしょうか。

リズムは確かに呼びやすいですが、体育の授業とかで、

リズムに併せて体を動かしてください!

という時に困りませんかね?w

相手が読めない名前を付けるという事は、第一歩目から相手を拒絶する事になるんですが、そこは愛に目が曇って見えなくなっているんでしょうかね。

今日も一日子ども達の付き添い兼 運転手だった。

今日も一日子ども達の付き添い兼 運転手だった。

午前に日本語検定を受検する子ども達を会場まで連れて行き
午前の部の間 車で待っていた。
お昼に車に戻ってきた子ども達に食事をさせ
午後の部の間 再び車で待ち
検定終了後 子供と 能のお稽古場へ・・・

久しぶりに私も子ども達のお稽古を見てみる事にした。
長女は 敦盛の謡と 天鼓の仕舞
長男は 橋弁慶の謡と 殺生石の仕舞だった。

長男の謡は・・・聞いているだけで笑いたくなったり あきれたり
先生に申し訳ない気持ちになったり・・・・
本当に先生の忍耐力と根気強さには感動してしまう。
でも どんなに自信が無くても とんでもなく音が取れなくても
100パーセントの大声で謡うという事だけは
褒めてやれるかもしれない。

自分では特に何をしたというわけではないのに
なんだかとても 疲れる一日だった。

2つの検定を受け 二つのお稽古をした子供たちは
もっと疲れただろうけれど・・・