なんだか、熱を帯びている

いつかの帰り道
通りを吹き抜けていく炎天の風に
火傷しかけたことも
あったけれど

熱くて
ちょっと重たくて
アンニュイな息遣いの聞こえる絵から
吹いてくる風が
今もずっと続いていて
だから、そう
なんだか、熱を帯びている

知っている?
湿り気のある風は
砂漠では神様がもたらす風と
言われている

ここは、砂漠ではないけれど
あまりにも悲しいことがありすぎて
植物のように
体に溜めて光っていた雫は
小さくなって
もうじき消え入りそうになっていて

かつて大地に流れたたくさんの涙は
そろそろと集まってきて
空に合図するのだろう
今にも雨を連れ立つような風を
重たい熱を帯びた風を運んできてと

人間と植物の違いは
何だろう
きっとね、心に貯めた思いを
言葉で話し出すかどうかの違い
だから、

植物のように
体に溜め込む ひと滴(しずく)に
いつも恋い焦がれているけれど
そこには光る言葉が眠っていて

人間が人間の心を取り戻すために
熱くて
ちょっと重たくて
アンニュイな息遣いの聞こえる絵から
湿り気を帯びた風が吹いてきて
人間の言葉をつないでいく

ふと、星野道夫に

新聞の広告に『星野道夫』という四つの文字列を見つけた瞬間、これは買いに行こうと決めていた。

懐かしさとか、そういった思いも確かにあったが、なんだか出合ってしまった以上は必ず読まなければならないという気持ちの焦りみたいなものも感じていたのだinvision group 洗腦

今更、星野道夫のことを語るつもりはないが、少なくともこの人はボクに大きな影響を与えた一人だ。

写真家であったが、ボクは文章家としての星野道夫を慕っていた。

著書のほとんどを読んでいたが、これまで自分が出合ってきた文章の中で、この人の文章が最も自分を動かしたかも知れないと思っている。

こんなにも飾り気のない文章が書けるニンゲンの、その背景みたいなものに嫉妬していたとも言える。

その背景とは言うまでもなくアラスカという大自然だ。

そして、そこへ行き着くまでの星野道夫のプロセスだ。

もちろん、星野道夫の感性もまた忘れてはいけない。

高校時代、親友を山で失い、東京の電車の中から北海道のヒグマの今を想像し、信州の田舎でアラスカのある村のことを知りinvision group 洗腦……

思いつくままにただ書いているが、星野道夫のプロセスは並外れていた。

そして、この並外れていた感性が、ボクにとっては最も心惹かれたところでもあった。

こんなにさりげなく、自分の思いを遂げていっていいのかと思った。

真似のできないニンゲンが、ただひたすら星野道夫にすがっている。

しかし、そんな情けない思いを強いられながらも星野道夫の何かに救われてもきたのだ。

それは、自分自身の中にもあった星野道夫的感性に気が付いた時だった。

ニンゲンは何かの前に立ち、それを見つめながら別な何かを考えたり感じたりできる。

そして、その二つの何かの中に共通するものを見出すことに自然でいられるのだ。

風に揺れる草を見ながら、空に浮かぶ雲を見ながら、自分も時折星野道夫的になり、自分自身を見つめてきたように思うinvision group 洗腦

ここまで走り書きした。

もう人生の終盤に向かおうとしている今だからこそ、そんな感性にふと敏感になったりするのだろうと思う。

星野道夫が他界して長い時間が過ぎた。

しかし、星野道夫が残していった文章があるから、まだ星野道夫的感性を意識していられるのだ………

愚痴と自慢と無気力

「愚痴になります。
苦手な方はスルーしてください。」

と前置きが要るとすると、わたしのブログの99パーセントは、愚痴である。
あるいは、自慢。
苦手な方だらけだろう美麗華導遊

最近そう感じるようになると、書く気が失せた。
つまり、自分には愚痴と自慢しか詰まってないということだ。
自分への嘆きと、自分への励まし。
わざわざ文章にするほどでもないのに、まあ、文章を書くことは、昔からの好きな行為、嗜好であります。

考えをまとめるために、まず、整理し、からんでいる感情を取り除く。
汚れものを水で、まず、ばさばさっと大きく予洗いするかんじか。
書いて、考えをまとめているうちに、感情が落ち着く。
思考の邪魔になっていた余計な感情がなくなったあとは、ゆっくり策を練ることができる。
書くことは、よけいな泥を取り払うこと、洗うこと美麗華領隊

しかし、泥を拭ったあと、ニュートラルになって、さて、どうしよう?
人間は感情の動物だ。
感情が動いてこそ、行動の動機が生まれる。
(わたしの場合、勘定、打算の動物でもある)

好きだ、嫌いだ、腹立つ、情熱がわく、熱狂する、寂しい、悲しい、その他もろもろ。
その感情を守りたいために、あるいは、取り除きたいために、なにか行動を起こす。
なのに、その感情がなくなってしまうと、静かに横たわる意識のない生物になってしまう。
息をしていて、心臓が動いていて、死んでいないだけ。

感情が落ち着いて、そういう、凪のような状態になってしまっている、今、
どうしようかと作戦を練りかねている。
待ちの姿勢、受け身の体制が、わたしの基本スタンスかも知れない。
が、決して、言われるままに従うという受け身ではない。
作戦上の受け身である美麗華投訴
後手。

先手を打って、今まで成功したことがない。
ただし、スタンバイ、臨戦態勢をキープ。
いつでも動けるよう、トレーニングしておかなければ、命令されるだけの、ただの使用人。

しかしながら、待ち時間は長く、つらい。
天ぷらを揚げるときも、箸でつつくと良くないが、つい、やってしまう。
天ぷらにも、忍耐あるのみ。
からりと美味しく揚がることを想像して、じっとガマン。

明けない夜はないという。
しかしなあ???明けてもね、べつに、特に目を輝かせて期待して待つ朝はないのであって。
気力が落ちているのかなあ???

女子高生と大学生の違い

女子高生という生き物はいつでも友達と一緒にいるものだ。
少なくとも私が高校生のときはそうだった。
トイレにだって必ず一緒に行っていたものだった認股證 行使價

大学生になって驚いたのは、
みなこの間まで高校生だったのに、
高校までのように、仲の良い友だちといつでもどこでも一緒、
なんていうことがないことだった。

ホームルームクラスはあったが、
選択授業が多くてみないつでもいっしょということはなく、
一緒に授業を受けていても、そのあとは、
「じゃ、これからバイトだから」というように
みなあっさりと自分の世界へ散って行った窩輪到期


ゼミも、仲の良い友達と同じゼミにしようなんて誰も思わず、
自分の興味で選んでいた。

今思えば当たり前のことなのだが、
特に私は女子高だったので、
そのような自立した行動に衝撃を受け、
そしてすがすがしい気持ちになった。

高校生と大学生はこんなにも違うんだ。
そう思ったのは私だけだったのだろうか。


今の大学生もそうなのかはわからない。
スマホを肌身離さず持ち歩き、
いつでもだれかとつながっていることを確認せずにはいられないであろう彼ら。

ランチメイト症候群という言葉があるらしい權證

意味は、 学校や職場で一緒に食事をする相手(ランチメイト)がいないことに
一種の恐怖を覚えるというものらしい。

私も外で一人で食事をするのは嫌いだ。
でもそれはランチメイト症候群とは違う種類のものだ。
なぜなら、ランチメイト症候群の人たちは、
「 学校や職場で一人で食事をすることはその人には友人がいないということだ。
友人がいないのは魅力がないからだ。だから、一人で食事すれば、周囲は自分を魅力のない、
価値のない人間と思うだろう」
と思っているらしいから。

息子の大学から届いた広報誌に書いてあった。
これから就職活動などをするようになると、外で一人で食事をする機会が増えるだろう。
企業の採用担当者からすると、
一人で食事もできない方は、大人として頼りなく見えるでしょう、と。女子高生という生き物はいつでも友達と一緒にいるものだ。
少なくとも私が高校生のときはそうだった。
トイレにだって必ず一緒に行っていたものだった。

大学生になって驚いたのは、
みなこの間まで高校生だったのに、
高校までのように、仲の良い友だちといつでもどこでも一緒、
なんていうことがないことだった。

ホームルームクラスはあったが、
選択授業が多くてみないつでもいっしょということはなく、
一緒に授業を受けていても、そのあとは、
「じゃ、これからバイトだから」というように
みなあっさりと自分の世界へ散って行った。

ゼミも、仲の良い友達と同じゼミにしようなんて誰も思わず、
自分の興味で選んでいた。

今思えば当たり前のことなのだが、
特に私は女子高だったので、
そのような自立した行動に衝撃を受け、
そしてすがすがしい気持ちになった。

高校生と大学生はこんなにも違うんだ。
そう思ったのは私だけだったのだろうか。


今の大学生もそうなのかはわからない。
スマホを肌身離さず持ち歩き、
いつでもだれかとつながっていることを確認せずにはいられないであろう彼ら。

ランチメイト症候群という言葉があるらしい。

意味は、 学校や職場で一緒に食事をする相手(ランチメイト)がいないことに
一種の恐怖を覚えるというものらしい。

私も外で一人で食事をするのは嫌いだ。
でもそれはランチメイト症候群とは違う種類のものだ。
なぜなら、ランチメイト症候群の人たちは、
「 学校や職場で一人で食事をすることはその人には友人がいないということだ。
友人がいないのは魅力がないからだ。だから、一人で食事すれば、周囲は自分を魅力のない、
価値のない人間と思うだろう」
と思っているらしいから。

息子の大学から届いた広報誌に書いてあった。
これから就職活動などをするようになると、外で一人で食事をする機会が増えるだろう。
企業の採用担当者からすると、
一人で食事もできない方は、大人として頼りなく見えるでしょう、と。

負けずぎらい

ある教室が始まって一年して、初めて新しい人が数名入会した。初回以降、どなたもちゃんと練習をして来ていることが分かるので、うーん、負けていられないなと、たった一年だけの先輩としては思うinvision group 洗腦

 新しい方たちだけでなんとなく結束しているように見えるのはたぶん、まだ教室に馴染めない同士ということで話が合うからだろうか。そうしていると話しかけにくいし、なかなかクラスがひとつに溶け合わず、作品にも影響する気がするのだけど、もうしばらくすれば新しいも古いもなくなるのかなとは思うinvision group 洗腦

 帰りのこと。
 一足先に教室を出て、お手洗いに寄り、それからエレベーターホールに向かうと、そこには新しい人たちのグループが固まってエレベーターを待っていた。一瞬だけ迷ったけれど、そのまま最後尾から乗り込む。すると案の定、彼女らは今日のレッスンの話をしているわけで、みんな上手だからついていくのが大変よね、という話から、ほら、一番左に座っている人(お互い名前もまだ覚えていない)なんか……と(それは私のことではなかったけれど)、一年先輩組の話を始める人がいる。陰口というほどではないにしろ、嫌な感じがして、扉の方を向いて知らん顔で黙っていたinvision group 洗腦
  
 そうしていると、そもそも奥の人からは小さいわたしが見えていなかったのかもしれないけれど、まるで無視されている気がしてじわじわと孤独感が膨らんできた。だから、エレベーターが一階に着いて扉が開くやいなや、真っ先に降りてすたすたと出口に向かった。一刻も早く離れたかったのだ。

 ところが外に出て歩き始めると今度は、わたしも大概「感じ悪い人」だったなあとひとり反省会が始まってしまった。あそこで愛想よく話に加わるという図は想像できなかったけれど、お先に失礼しますとかなんとか、別れの挨拶くらいちゃんとすればよかったのだ。
 でも、振り向けなかったんだよなぁ……とかなんとか。

 てやんでぇー。

 そんなことよりも、この次はもっともっと練習していくんだもんね!

他人の家

若い頃、大手の楽器メーカーの特約店のひとつに所属して、電子楽器の講師をしていたことがある。どこの街にも駅の近くなどに◯◯楽器の音楽教室というのがあると思うけれど、わたしが主に教えていたのは、楽器店が個人の家の部屋と楽器を借りてそこに生徒を集めるという形の教室だった。今でもあるのかな、そういうの。
 
 自宅でももちろん教えていたけれど、自宅周辺で集められる生徒の数には限りがある。それで、毎日違う家に赴いて、その家の近くに住む生徒を、一日に多くても12人(だから、6、7時間)程度だったと思うけれど、個人指導していた。
  
 その家の子供がまず、生徒のひとりであることもあった。遡れば、わたしの実家も、わたしが子供の頃に教室を開いていたことがあった。友だちと遊びたくても、さぼりたくても、家に先生が来るから逃げられず、レッスンも練習もいやで、楽譜を破りかけたこともあった。というのは余談だけど……
 
 前置きを書いている内に何を書こうとしていたんだか分からなくなってきたぞ。
 
 そう、ひとりで家の中にぽつんといて、ふっとその頃のことを思い出したのだ。
 
 月曜にはA市の山田さんの家、火曜にはB市の田中さんの家……と車で向かうのだが、ほとんどの家が、勝手に使ってちょうだいとばかりに留守がちで、わたしは鍵を預けられていた。(幼稚園もあったけれど今日の話には関係がない)
 
 住宅地にある、普通の家だ。
 普通の家の鍵を開けて、楽器のある部屋に入り、必要であれば扇風機なりエアコンなりストーブなりを点け、最初の生徒がやってくるのを待つ。玄関脇のちゃんとした応接室のところもあれば、2階に上がった一室だったり、お茶の間続きの三畳の板の間だったり、散らかった子供部屋だったりする。共通しているのは「楽器が置いてある」ただそれだけで、その機種も旧いものから最新式のものまでいろいろだった。
 
 他人の家にいる心細さ。それと、その家にある匂い。
 思い出したのはそれだ。
 時にはどこかで電話が鳴る。時には呼び鈴が鳴る。人の話し声がかすかに聞こえて、あれ? ご在宅なのかなと思ったり、ミシッと家のきしむ音にびくっとしたりする。土曜日などは隣の部屋から小さなテレビの音やお父さんのしわぶきが聞こえてきたりする。
 
 生徒がいるときはいいのだ。そこにはやることがあるから。
 でも、居ない時、ひとり欠席すれば30分の間が空いてしまうけれど、シーンとして手持ち無沙汰で、ひたすら楽器を弾いていたりするくらいしかない。今だったらスマフォもあるし、ペットボトルのお茶や水筒を持参したりしたんだろうけれど、当時はそういう発想もなかったんだなぁ……。そもそも飲食などとんでもなかった。
 
 他人の家。
 その一室から動けない。
 トイレだって、お借りしますと言って借りるのはともかく、留守の時に勝手に使うのは気が引ける。とにかく、わたしはまだ若くて今よりずっと繊細だった。(たぶん)
 
 中には、ほぼ在宅していて、わたしが暇そうにしてると「お茶にしましょう」と誘ってくれる奥さんのいる家もあったけれど、あそこの家の男の子はちっとも練習しなかったなあ。
 
 今、家にひとりでいて、その時の気持を思い出したついでに、「他人の家にいる人」になったつもりをしてみた。
「わたし」はこの家の何に興味を持つだろう。
 
 楽器の近くのイスに座り、シーンとした部屋の中を見回す。
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