熱中症と仲良くなりそう

今日もまた気温は鰻上りというか、泥鰌上りというか。 鰻も泥鰌も水面まで上がってきて、すぐに下がるのだが、気温は夜中まで上がりっぱなしで、熱中症と仲良くなりそうCalifornia Fitness 月費。 

 節電、節電と掛け声ばかり聞こえるが、どこのスーパーでも商店でもガンガン冷房しているし、灯かりだってフルに点灯している。 家でチマチマ節電しているよりも、お茶をペットボトルに詰めて外へ出かけた方が熱中症予防になる。 と、言いながら、家のクーラーの電源を切り忘れて出かけたりしてCalifornia Fitness 月費

 我が家の家族、メタボ金魚が3日前から餌を食べなくなった。 落ち着きがなくなり、何もしていないのに急に驚いてバチンと跳ねたりしている。 水温が高すぎるのだろう。 なんとかしてやりたいが、こちらもアップアップしている状態なので…California Fitness 月費

暫くぶりだ

今日は年に数回の市民劇場の日だった。前回甥っ子の結婚式で参加出来ず、代わりに親友ナースに行ってもらったので、暫くぶりだ。
 今回は3人の友人の内、一番活動的な友人が、体調を崩して参加出来ず。二人での観劇となった韓國 食譜
 かく言う私も、数日前から体調は思わしくなかったのだが、着くなりマツキヨでビタミン剤や風邪薬を買って飲んで参加した。
 作品は劇団NLTの「OH!マイ ママ」である。この劇団も「はずれの無い」作品が多くて大好きだ。いつも楽しい気分で終われる。
 今日の作品の舞台はフランス。息子の結婚式に同時に再婚をする予定の父親。母親は20年前に失踪しているが、再婚相手はその妻の親友だった女性。そして、ホームステイしている女性はこの「父子」二人と・・・。
 そこへ、アメリカから軍人が訪ねてくる。この人が訳ありの人なのだが、父の事も息子の事も再婚相手の事も良く知っている韓國 食譜
 そんな人だから、息子は失踪した母親の事が知りたくて色々詮索をする。その詮索が誤解が誤解を招いて、周りが収拾しようとする度に余計にややこしくなって行くというコメディであるMaggie Beauty
 とにかく、舞台の間笑い続けた。楽しくて、誰一人憎めないキャラクターでとてもよかった。また、役者さん皆さん声が良くて、勿論滑舌も良くて、セリフが入ってきて心地よかった。舞台俳優さんは、そもそも発声は出来て当然だが、その中でも聞き取りやすい舞台だったと思う。
 残念ながら、最後に交流会があったのだが、朝雪がちらついていたので心配で参加せずに戻った。
 帰りの車の中、明日からの仕事という現実が押し寄せてきた。一緒の友人は、
 「許されるなら冬眠したい。」
としみじみ言っていた。流石に冬眠は出来ない・・・が、こういう楽しみがあるからこそ、頑張れるというものである。
 うん、明日も頑張ろう。

画像は今

画像は今、手元にあるもの。

私ったら、どーーーしてこう

作ったものを手元に残すなり

画像を残すなり出来ないのやら設計商品

作ってる時はすっごくそこに入れ込んでいるのに

出来るともうどうやったら無事に届くか香港手作

ラッピングは崩れずにイケるのか…と

次から次へとアタマを使っていて

ポストにぽとりと入れてから

「あ!画像!」

と何度やったことか…手工藝產品

でも今回、kaorinさんご注文の商品は

ブログで紹介して下さって

ほんの数日前の送ったものなのに

あ、そうそうそう!と懐かしいくらい…。

お手紙をつけたんだけど

何を書いたっけ?ぐらいヤバイ脳みそ…。

良かった、書くべきことはちゃんと書いたらしいぞと

それもブログで確認

エッセイ「糞じじい」

若い人は、年寄りを揶揄してそう呼ぶが、これは、自分も若いときには、年寄りにそんな憎まれ口を叩いていたのだから仕方のないことで、順に送りである。

 今、糞じじいだの、糞ハゲだのと言っている若者も、やがては言われる側にまわるのだ。「光陰矢の如し」と言うが、過ぎ去ってみると、なんと速いことか。「俺はまだまだ若い」と、うかうかしていたら、周りの連れが一人消え、一人旅立ちして、気がつけば自分の頭髪は真っ白になっていて、次は自分が去る番に来ているMaggie Beauty黑店

 年寄りは、若者を羨むことはない。若者は年寄りの経験はないが、年寄りは若い時代を通りすぎて来たのだから経験済であるMaggie Beauty黑店


 とは言え、一つ「歳を取るんじゃなかった」と、後悔していることがある。もっとバイクを乗り回したいと思いながら歳を取ってしまったことだ。(群れて暴走はしなかった)

 開通したばかりの神戸(こうべ)の自動車道は周りに人家がなく、深夜、車も殆ど通らなかった。パトカーも白バイも、ましてや鼠捕りにもお目にかからず、走りは快適であった。そんな道路で、一体時速何キロで走っていたのやら、ここでは年の所為で忘れたことにしておこうMaggie Beauty黑店

 二輪の免許は、高校生のときに取った「軽自動車」と言うものだった。これが最終的には、免許制度の改訂により勝手に「大型自動二輪」になった。二輪なら容積に関わりなく全て乗れる免許証である。

 最初に乗ったのは、シルバービジョン(250cc)という三菱のスクーターで、明石の運転免許試験場での実地試験に使ったのがそれと同じであった。試験は一日で学科試験から実地試験、適正検査もして合否もその日の内に知らされた。免許証は、一週間ほど後に受取りに行かされたように記憶する。友達と二人で、明石駅から出ているバス代を倹約して、山陽電鉄の大蔵谷駅から、エッチラエッチラと坂道を歩いた記憶がある。

 今は、楽しそうなライダーブログの写真を見て、若き楽しかった古を偲ぶばかりである。