小さな箱。完

昨日は寝付けずようやくうとうと。
季節の変わり目は調子が狂いますね。

小さな箱。7回目。
色々書いてきたけど、ようやくまとまった気がする。
要はこうしようかなとか、あーしたらいいのにと思ったなら、そうしたらいいじゃないかって事なんだと。
そこで断られたらどうしようとか、恥かいたらどうしようとかって自分のことを考えるからおかしくなる。
短絡的に行動しないほうがいいこともあったとしても。

例えば電車で席をご老人に譲ったとして、断られた。年寄り扱いするなと。
それならそれでいいんだと思う。
そこで恥かかされたとか、なんだよーとか思ったり、相手が憤慨したとしても。
この時の相手のbetterな反応は、お気遣いありがとう、でも大丈夫よ。と言うような返答だから。
そこから考えると相手が箱に入っていたということになる。

相手を箱から出すことは基本的にはできない。
が、こちらが箱から出ていなければ相手も箱から出ることはないし、自分が箱に入っていれば当然相手も箱に入る。
ということは、こちらが箱から出ている方がまだいいことになる。
上の例で、言ってくれたら譲るのにとかやせ我慢しなくていいのに、とか思ってたら相手も箱から出ないよねっと。

だから逆説的に自分が自分がって思うより、そんなこと捨てちゃったほうがうまくいく気がする。
自分がって思うのは結局箱に入ってるということなので。
箱から出た時、相手を人として見ることができて、
でも詐欺みたいな騙されたりするんじゃないのってのもあるんだけど
個人的には出たほうが騙されることも少ないと思う。
てのも、詐欺とかは偏り・・どちらかだけが得をする・・をもたらすので。

箱から出ると、私だけが得をしてそれでいいのってのは気になるところだし、こっちの見返りがゼロの時、相手に嫌われたくないから言い難いというのも逆にない。
嫌われるとかは箱から出るとあまり重要じゃないことなので。
とは言え、この箱の話も本では会社の中とか家庭の中とかの状況が多くて、汎用的に応用も効く考え方だとは思うけど、そういう特定の日常の中で考えていくのがいいのかなー
というのも不特定多数との関係を考えると別要因がありそうなんで。これは番外編(笑)でも書こうかしら

箱から出るにはどうするか。に補足すると、気がつかないうちに出ていることは多々ある。
だいたいそういう時は相手のことを人として見ている。
相手に欠点はあるけど自分にも欠点があると思えてたり。
喜多川 泰の「One World」って小説?的なのがあるんだけど、自分の人生では自分が主役、でも他人の人生では自分は脇役ってことに気がついたりした。
まさにそういう時。

前に見た「ディアーディアー」って映画も全ては鹿のせいだーって映画なんだけど、実際は誰かのせいにして生きていた人達の物語。ラストでそれぞれがそれに気がついて。あ、自分のせいだったんだなって。多分。
それに気がつくととても晴れやかな表情を皆見せる。
だから、自分にも欠点あるなとか、自分は脇役だなとか、自分のせいだったかーって思ったりした時、箱から出てる。

相手を人として見るか、そして見たことによって自分が箱に入ってた事に気がつくか。いつでも箱に入れるし、いつでも箱から出ることが出来る。
ま、そんな本です・・っていきなりまとめました

自分が紹介するより
最近書店でも平積みされてるし、紹介されたりしてるので。
気になった人が居ましたらどうぞお読みください。
本には自分のこの拙い文章よりちゃんとした文章書いてますので安心してください

自分の小さな「箱」から脱出する方法。
アービンジャー・インスティチュート、大和書房/2006。
福源春
天天素
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