肩ごしにうしろを

どこかに運ばれていく――それだけは確かだった。かれは自分の体が屈強な腕に持ち上げられているのを感じていた。頭を殴られてからどのくらいたったのかわからない。耳はまだガンガン鳴っているし、胃も多少むかむかしていた。体はまだぐったりしていたが、かれはそっと片目を開けてみた。かすんで焦点は合わないが、暗がりの中で自分をのぞきこんでいるバラクのひげもじゃの顔を見ることができた。その顔をじっと見ている兌換日元うちに、いつかの雪の積もったヴァル?アローンの森のときのように、毛むくじゃらな大熊の顔を見ているような気がしてきた。かれは目を閉じてブルッと身震いすると、かすかにもがきはじめた。
「心配するな、ガリオン」バラクの声にはどことなく絶望的な響きがあった。「おれだよ」
 ガリオンがもう一度目を開けると、もう熊の顔はなかった。ほんとうに熊の顔を見たのかどうかさえ、はっきりわからなかった。
「だいじょうぶか?」バラクはガリオンを地面におろしながら聞いた。
「あいつら、ぼくの頭を打ったんだ」ガ透明質酸リオンはもぐもぐ言って、耳のうしろの腫れにふれようとした。
「もう二度とそんなまねはさせないさ」バラクの声にはまだ絶望的な響きがのこっていた。地面にくずれ落ちたかと思うと、かれは両手に顔をうずめた。あたりは暗く、はっきり見ることはできなかったが、その肩は押し殺された深い悲しみにうち震えているようだった――声を殺した、しぼり出すような鳴咽がとぎれとぎれに聞こえる。
「ここはどこなの?」ガリオンはあたりの暗闇を見回して訊ねた。
 バラクは咳ばらいをして顔をぬぐうと、「テントからかなり離れたところだ。おまえを連れ去ろうとしていた浴室用品ふたり組に追いつくのにけっこう時間がかかったからな」
「何が起こったの?」ガリオンの頭の中はまだいくらか混乱していた。
「やつらは死んだよ。立てるか?」
「わからない」ガリオンは立とうとしたが、目がくらんで胃がむかついた。
「心配するな。おれが運んでやる」バラクの声はいつものいかめしい声にもどっていた。ちょうどそのとき近くの木の上で一羽のふくろうが鳴き声をあげた。幽霊のように白いそのシルエットは、かれらの目の前にある木々のあいだを漂いながら飛んでいった。バラクに持ち上げられると、ガリオンは目を閉じて、胃のむかつきを抑えることに神経を集中した。
 間もなく、ふたりはさきほどの空き地に戻り、焚き火の明かりの中に足を踏み入れた。「ガリオンはだいじょうぶなの?」ポルおばさんはダーニクの腕の切り傷に包帯を巻きながら訊ねた。
「頭に一発食らっただけだよ」バラクはそう答えて、ガリオンを下におろした。「逃げられたのか?」かれの声は荒々しく、獣のような響きさえ感じられた。
「走る力の残ってるやつには逃げられた」シルクは答えた。その声はすこし上ずっていて、イタチのような目はギラギラ光っている。「やつらが残していったのはあれだけだよ」かれは、炎の明かりがとぎれるあたりにじっと横たわっている死骸を指さした。
 弓をだらりとぶら下げたレルドリンが、振り返りながら、空き地に戻ってきた。息をきらし真っ青な顔をして、腕は震えている。「だいじょうぶか?」かれはガリオンの顔をみると、すぐに聞いた。
 ガリオンは耳のうしろの腫れをそっとさわりながらうなずいた。
「きみを連れ去ったふたり組を見つけようとしたんだけど、やつらはすごく足が速くて追いつけなかったんだ。それに、あたりになにか獣がいたんだ。きみをさがしているとき、それがうなるのが聞こえたんだよ――おそろしい声だった」
「獣はもうどこかに行っちまったよ」バラクはにべもなく言った。
「おまえさん、どうかしたのか?」シルクは大男に訊ねた。
「べつに」
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