ようとするたびに

「ときおり、あなたがじつに鼻持ちならない老いぼれに思えるときがありますよ」
「夜が長くなってきたと思わないかい」ガリオンはそれ以上の口論を封じるために口をはさんだ。
「夏が少しずつ退いているのだ」ベルガラスは答えた。「あと数週間もすれば、ここも秋になり、すぐに冬がやってくる」
「冬がくる頃にはぼくらは一体どうなっているんだろうね」ガリオンがしんみりした口調で言った。
「わたしだったらそんなことはほうっておくね」とシルク。「あれこれ考えたところで、何の足しにもならんし、よけい不安になるばかりだ」
「超不安だよ」ガリオンが訂正した。「今だって十分不安なんだ」
「超不安なんて言葉がありましたかね」シルクがおもしろそうな口ぶりでベルガラスにたずねた。
「今できたのさ」ベルガラスが答えた。「たった今ガリオンが発明したんだ」
「ほう、わたしにもそんな才能が欲しいものだ」シルクはうらやましそうに言ったが、その目にはいたずらっぽい輝きが浮かんでいた。
「頼むからこれ以上ぼくを冗談の種にするのはやめてくれ、シルク。そうでなくとも自分のことでいっぱいなんだから」
「それじゃ、寝るとするか」ベルガラスがとりなすように言った。「これ以上話していても切りがないし、明日はまた長旅になりそうだからな」
 その夜、ささやき声はガリオンの眠りに忍びこんだ。今度は言葉よりもイメージの方が鮮明だった。友情への呼びかけが、さしのべられた愛の手となってあらわれた。自分が孤児だとわかったときからかれを悩ませていた少年時代の孤独は、この手を見たとたんどこかへ消え去ったような気がした。かれは矢も楯もたまらず、さし出された手にむかって走り出したい気持ちでいっぱいになった。
 突然ガリオンの目の前に、二人の人物の姿がくっきりとあらわれた。一方の男性は背が高く力強さにあふれ、もう一方の女性はきわめてなじみのある人物だったので、たちまちガリオンの心を捕らえてしまった。背の高い男の方は初めて見る顔であると同時にそうではなかった。その顔は人間にはとうていおよばない美しさに輝いていた。それはガリオンがこれまで見てきたなかでも、もっとも美しい顔だった。むろん女性の方はガリオンの知らない人間ではなかった。額のひと房の巻き毛と、燃えるような瞳はガリオンの人生でもっとも近しいものだった。見知らぬ美しい男性と、ポルおばさんは両側からかれにむかって手をさしのべた。
「わが息子に迎えよう」ささやき声がそそのかすように言った。「おまえはわれわれのいとしい息子になるのだ。わたしはおまえの父に、そしてポルガラは母になろう。これは決して幻なぞでない、〈光の子〉よ。なぜならわたしの力をもってすれば、不可能なことなどないからだ。ポルガラは本当におまえの母になり、おまえは彼女の愛をひとりじめすることができよう。そしてわたしは父としておまえを愛しいつくしむことだろう。われらに背を向けて、ふたたびあのつらい孤児の孤独を味わいたいか。あの心も凍えるような空虚と、両親の暖かい愛とが比べものになるだろうか? われらのもとに来たれ、ベルガリオン。そしてわれらの愛を受けるがよい」
 ガリオンははっと目を覚まし、あわてて起き上がった。がたがた震え、すっかり汗をかいていた。(助けてほしいんだ)かれは心の中で叫んで、もう一人の名もなき存在を探し求めた。
(いったい今度はどうしたというんだ)乾いた声がたずねた。
(あいつがいかさまをするんだ)ガリオンは憤慨した口調で言った。
(いかさまだと? わたしの見ていないところで、誰かが新しい規則を作り出したとでも言うのかね)
(そんなことじゃないことくらいわかっているだろう。あいつはポルおばさんを母親にしてやるから、かれに従えと言うんだ)
(やつは嘘をついているのだ。かれには過去など変える力はない。無視するにかぎる)
(一体どうやって? あいつは人の心に勝手に入りこんで、もっとも弱い部分に働きかけてくるんだ)
(セ?ネドラのことを考えるがいい。やつは混乱するだろう)
(セ?ネドラのことだって?)
(やつがポルガラを使っておまえを誘惑し、あの気まぐれな王女のことを考えればよい。〈ドリュアドの森〉でおまえが水浴する彼女をのぞき見たときのことを逐一思い浮かべるのだ)
(のぞき見なんてしていない!)
(そうかね。それにしてはずいぶん細かいところまでよく覚えているな)
 ガリオンは赤くなった。かれは自分の白昼夢が、決してかれ一人のものではないことを思い出した。
(ただひたすらセ?ネドラのことだけを考えるがいい。恐らくはわたしだけでなく、やつをもいらだたせることだろう)声がわずかの間とぎれた。(おまえが真剣に考えられることが他にあるか?)
 ガリオンはあえて答えようとはしなかった。
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