男子マラソン銀メダリストの抗議:エチオピア政府による弾圧とは

リオデジャネイロ五輪の最終日、古代オリンピックのもととなった競技の一つで、近代五輪では毎回最後に行われるマラソンで、それは起こりました。8月21日、男子マラソンで銀メダルを獲得したエチオピアのフェイサ・リレサ選手が、ゴールインの際に頭上で腕を交差させました。これは出身国エチオピアの政府が国民の政治活動を弾圧していることへの抗議の意思を示したもので、リレサ選手自身はそれによって自らの生命も危険かもしれないと語っています。

エチオピアでは、主に同国北部のオロモ州と北西部のアムハラ州で、昨年11月頃から政府に対する抗議デモと、これに対する鎮圧が繰り返されてきました。これらの抗議デモはお互いに結びついてはいないようですが、いずれにせよ国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、今年6月までにオロモ州だけで少なくとも400人が治安部隊によって殺害されています。

アフリカ超人
美国遅時100
陰茎増大丸ジャーマンマックス

オリンピックは「平和の祭典」と称されますが、それは「そうであるべき」という目標であって、実際には政治と無関係ではあり得ません(詳細については池井優.1992.『オリンピックの政治学』.丸善)。特に自分の国で政治活動ができない、あるいは国際的に関心がもたれにくい問題の場合、国際的に活躍するアスリートがオリンピックの場で自らの国を告発することは、これまでにもありました。今回のリレサ選手の行為も、その一つといえるでしょう。
選挙を経た実質的な一党制

アフリカ北東部にあるエチオピアは、紀元1世紀にはアクスム王国と呼ばれる王国が成立し、アラビア半島などとの交易で栄えた土地でした。13世紀にはソロモン王朝が成立し、これがのちにエチオピア帝国として発展。エチオピア帝国は、ヨーロッパ列強によってアフリカ全土が植民地支配された19世紀から20世紀半ばにかけても、独立を保ったことでしられます。

現在のエチオピアは、議院内閣制のもと、憲法に基づいて定期的に選挙が行われています。実質的な権限は首相に集まっており、大統領はいわば形式的・儀典的な役職です。この体制は、内戦によって1991年に社会主義政権が崩壊した後に成立しました。

ただし、憲法に基づいて選挙が行われているからといって、必ずしも民主的とは限りません。2015年のエチオピア議会選挙では、547議席中500議席を与党「エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)」が獲得しています。もちろん、これが自由かつ公正な選挙の結果であれば、それは有権者の意志と呼べるでしょう。

しかし、エチオピアでの選挙プロセスは、疑問の余地が大きいものです。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、2015年選挙では選挙監視委員会が半数以上の野党系候補の登録を拒否。実際に立候補できた野党系候補は400人中139人だけだったといわれます。また、投票日には野党関係者500人以上が逮捕されました。政府によると、これらは「反テロ令」に基づく、合法的なものと位置付けられています。

その他、選挙の前後には、野党関係者が不審な死を遂げるケースが相次ぎ、アムネスティ・インターナショナルはこれを「司法を経ない処刑」と呼んでいます。表現・報道の自由は当然のように制限されており、インターネットプロバイダーは国営の一社だけです。