と訝しく思許され

ありふれた間取りのマンションの、小さなダイニングキッチンだ。流しの前は壁で、窓もない。そのどこがいいのかボクにはわからない。一緒に部屋を探した時に、不動産屋さんが推してくれた対面式の明るいキッチンを、「こんなのは絶対にだめ!」と避けたのはカノジョだった。

 キッチンで、カノジョはいつも鼻歌をうたう。それはカノジョのご機嫌を知るバロメーターみたいなもので、ふん、ふふんと聞こえてくればボクは安心する。

 たとえば、先に帰宅したボクがテレビを観ているうちに眠くなってウトウトしているところに、仕事を終えたカノジョが帰って来る。疲れた足取りでテーブルに近づき、ドサッとバッグを置くとひとつため息をついて、ボクが使いっ放しにした食器を流しに運び始める。その音がガチャガチャと不機嫌そうに響くから、しまった、片付けておくんだった……と焦るのだが、カノジョがそれを洗いながら鼻歌をうたうのが聞こえてくれば、ボクはそのままゴロゴロしていられるのだ。

 鼻歌をうたいながら作ってくれれば、どんな料理でも美味しいし、食卓でちょっとした言い争いをしてしまったあとも、洗い物をしているカノジョが鼻歌をうたえばボクはたような気がする。
 時には、なにがそんなに楽しいんだろううこともあったけれど、カノジョの機嫌がいいに越したことはないから、ボクはなにも訊かなかった。

 今もキッチンでカノジョは鼻歌をうたっている。
「ふん、ふふふん……」と、鼻歌をうたいながら包丁を使っている。
 トントン、サクサク、フン、フフフン……

 まてよ。
 鼻歌を歌うのは機嫌のいい時って、決まっているだろうか。
 考えてみればボクは、鼻歌を歌っているときのカノジョの顔を見たことがない。

 もしもカノジョの特技が、
「泣きながらでも怒りながらでも鼻歌が歌えること」だったらどうしよう。
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