「閉店セール」の「閉店」に見た、店主の正直さ

「閉店セール20年続けてきた靴屋、本当に閉店へ」
というサイトを見ました。

そこには、他のお店と違う、店主の思いがありました。

大阪の靴屋なので、知っている人は知っているかもしれませんが、
開店当時(昭和52年)は、売れ行きもよく人気があったそうです。

※言葉はサイトの記事の引用ですので、関西風に
しかし、バブルがはじけた頃(平成5年)に客足が激減して、
「もうあかん。どないしよう、と不安でいっぱいになった」
時にふと、
「ありのままの思いを垂れ幕にしてみたら」と
思いついたそうです。

そこで、
「もうあかん やめます」という看板を出して、
店先に掲げました。
催淫

「暗い世の中だったにもかかわらず、
子供も大人も、看板を見て指差しながら笑っていた。
人生って面白い、と思った」
と思って、
「格差社会を是正せよ。身長の格差は当店で。人は見た目が9割だから!」
「横綱も、この店も、土俵際。出直しセール」
などといったユニーク看板を出して、
メディアにも取り上げられていました。

ここの靴屋、テレビで見たことがありますね・・。
これを見たとき「面白い考えだな~」と思っていました。

しかし、店主の方の体調が一昨年冬頃から悪化し、
去年11月末に「本当に」閉店を決めたそうです。
このあとはネット販売を再開させるらしいです。
紅蜘蛛(催情粉)
「閉店セール」というと、よく名残を惜しんで
いろいろと買いにくるお客さんが来ます。
でも、実際に閉店はしないで、ただの「商売手法」。
ほとんどのお店はそうでしょう。

「閉店セールをしたのに、まだやっているよ~」とか思う人も。

でも、この店主の「ありのままの思いを出したら」、
という考え、いいなと思います。
実際、看板を掲げて客足がのびたのかもしれません。

※ここからは余談になります。

大阪に足を運ぶことはないけど、
東京と大阪では、考えが違うものも多いといいます。
エスカレーターは、東京では
「左側に立って、右側に歩いて上がってくる人を通す」
大阪では
「右側に立って、左側に歩いて上がってくる人を通す」
という、全く逆(理由はいろいろあるようですが)。

また、関東と関西では、違うものがたくさんあります。
同じ日本なのに不思議ですね・・。

これを調べていたところ、「バスの乗り方」も逆なのですね。
基本的に関東は前、関西は後だとか。
私が使っているのは「後乗り前払い」です。
料金が均一でないため、です。均一料金のバスは前乗り。

前乗りのバスで、
降りる時にお礼を言うのはかなり勇気がいりますね。
私もほとんど言えませんが、終点などで人がほとんどいなくなったら、
きちんとお礼を言って出ていきます。
その分、前降りの場合は、支払い時に言えばいいので、気が楽です。

日本は地域ごとに、独自の文化があります。
地方に引っ越して、いきなりそれに慣れろ、というのは、
都会人からすると無理があります。
周りが助け合って支え合える世の中であってほしいですね。

大吉

先週末は、飲み会と称したプチ婚活パーティーに参戦。
結論から言えば、飲み友達が増える感じです。

でも、それでも良いんですよ。
縁が縁を呼び込む環境作りって、大切だなって思います。
残念な事に、サイト内での婚活は、関係性が閉鎖的なので、そこは望めませんね。
ただ、何事も考えようと使いようで、良い方向にも悪い方向にも導く事は出来るのだから、結局は自分次第って言う事に尽きます。

一応は、良い感じで進んでいる1組がいるそうなので、そちらの展開に期待してます。

さて、今年のおみくじは、大吉。

待ち人:来るがおそい
恋愛:あわてず心をつかめ
縁談:先方へ思い通ぜず 整いにくい

う~ん、何処が大吉なのか、よく分かりません
天天素:http://www.kanpocom.com/pro/tiantiansu.html
V26:http://www.kanpocom.com/Pro/V26sx.html

ココロの余裕

ココロに余裕がないと上手くいかない。
焦るとロクなことがない。

中国へ出張に行き始めた頃、中国語を勉強(北京語)して乗り込んだ時のこと。
香港から広東省に入った時の先方とどうにも会話が噛み合わない。。。


???
?????

何だ?この言葉の通じないのは?
勉強したのは中国語ではなかったのか?
それともこの方は中国の方ではないのか?

紙に無問題と書いて、
あなたは普段、これを何と言いますか?
と聞いてみた。

モウマンタイ

へ?
広東語?

ニー 広東人 マー?
シー!

うわーん。
広東語まるでわからん。。。。。

単なる旅行ならスルーすれば良いのだが、仕事となるとそうは行かない。
さあどうする俺・・・・・

この時はもう時間の経過すら覚えていない位テンパってた。
近くにいた優しい感じのご婦人に広東語の通訳を一時間だけお願いできないかと200元を渡して頭を下げ頼み込んだ。
このおかげで何とか乗り切れた。
このご婦人とは今でも交流が続いている。
テイさんその節は大変お世話になりました。謝謝!

今は、これがココロの余裕の物差しになっている。
あの時に比べたら大した事ない。。てな感じで。

ココロの余裕は大切です。
三體牛鞭:http://www.kanpocom.com/Pro/stlb.html
勃動力三體牛鞭:http://www.kanpocom.com/pro/stlb.html

喜びも悲しみも幾年月

1/10は、朝から、
久留米の石橋美術館に行っていた。
そこで福岡県新春書道展というのがやっていて、
息子のハルが書いた書が展示されていたからだ。
ハルは福岡市教育委員会なんとか賞というのをもらっていた。
前の日、実家で食事をしていて、
「明日、表彰式があるから、
ぴーやん(僕の愛称)も来てくれないかな?」
と言われたのだが、会場に行けば、
前の奥さんに会うかもしれないので、
「なんか面倒くさいんで、
俺は行かなくていいかな?
書いた書は返ってくるんだろ?」と聞いたら、
ハルは淋しそうな顔をして、
「まあ、いいけど」と言った。
ハルには、運動会も、卒業式も、入学式も、
ほとんど行ってやったことがない。
僕のかわりに父がハルのほとんどの行事に出席し、
過剰な枚数の写真を撮ってやり、
ハルのクラスメートの分まで、
プリンターで印刷して毎回ハルに手渡していた。
だからといって、僕が行かなくてもいいというものでもない。
僕は僕なりにできる範囲で、
子供のことを気にかけているつもりだが、
子供が望んでいるものを
全て与えられているわけではないのはわかっている。
ハルは12時に部活のみんなと西鉄久留米駅で待ち合わせて、
それから会場に移動するということだったので、
僕は父と11時に久留米駅で待ち合わせて、
早めに会場に行き、先にハルの書を見て、
ハルが会場に着く頃に、軽く挨拶して、
入れ替わりに帰ることにした。
久留米の駅から石橋美術館までは意外と近く、
タクシーですぐに着いてしまった。
会場もまだガラガラで、ハルの書はすぐに見つかり、
11時30分くらいには、何もすることが無くなった。
父は表彰式が終わるまで会場にいるつもりだから、
僕は「ハルに一目会ったら先に帰るよ」と言って父と別れた。
石橋美術館の周りは公園のようになっている。
僕は噴水のそばのベンチに座って、
これまでの人生を思い返していた。
一時間ほど懺悔の時間が続き、12時20分頃になって、
身体も冷えてきたので、ハルの携帯に電話してみた。
「あ、ぴーやん!!」意外に明るい声であった。
「お前今何してるの?」
「ラーメン屋でみんなと食事してる」
たしかに周りはガヤガヤとしていた。
「もうお前の書は見たから、俺は先に帰ってもいいかな?」
「うん、いいよ」
僕は歩いて久留米の駅に向かった。
なぜなら、このままハルを待って、
バスから降りてくるハルの姿を見たら、
泣いてしまいそうだったからである。

策士、暗躍する

1/9の土曜日、
息子のハルと春日の実家を訪ねた。
僕の妹が来ていたからである。
妹は正月に家族と帰省していて、
旦那と子供だけが先に東京に戻り、
妹だけが実家に残っていたのだ。
妹の息子とうちのハルは同い年で、
この息子がちょっと登校拒否気味になっていて、
どうしたものかなと家族みんなで気を使っていた。
僕はあらかじめハルに、
仕込んでいたサルの置き物を手渡して、
入念に打ち合わせしていた。
このサルの置き物は、
僕が夢タウンで合鍵ができるのを待っている時、
雑貨屋で見つけたものだった。
うちの奥さんのチャッピーはリスが好きで、
リスのものを買い与えておけば機嫌がいいので、
リスグッズがありそうな雑貨屋を見つけたら、
物色するのが習性になっているのだ。
その店でやたらサルのものが目につくなと思っていたら、
今年が申年であるということを思い出した。
そしてそういえば、僕の母親と妹は、
二人とも申年だったということも思い出した。
うちの奥さんは、ほんのつまらない、
数百円のものを買い与えただけで大喜びするので、
母と妹もそうだろうかと思い、
目についたサルの置き物を買ってみた。
しかし買ったはいいものの、自分の母親と妹に、
脈絡もなくプレゼントなんていかがなものかと自省し、
どうしたものかと悩んでいたところ、
そうか、ハルがいるじゃないかと閃いたのである。
そこでハルと打ち合わせし、
いかにもハルが自発的に買ったというテイで、
二人にその置き物をプレゼントさせた。
結果は大成功、二人とも大喜びであった。
ハルにはもうひとつ仕込んでいたことがあった。
ブックオフの初売りに行った時、
一條裕子というマンガ家が、
内田百閒の「安房列車」をマンガ化した単行本を買っていたので、
それをハルに貸して、文学好きのおじいちゃんに、
プレゼンするように指示していたのだ。
結果、おじいちゃん大喜び。
酔って呂律が回らなくなっている舌で、
一生懸命「安房列車」のあらすじを語っていた。
父が内田百閒を好きということは、
以前から知っていたので、父が喜ぶかと思い、
ハルに仕込んでおいたのだが、
ここまで喜ぶとは思わなかった。
息子の僕と語っても、
そこそこ嬉しかっただろうと思うが、
孫のハルの口から内田百閒という言葉が出れば、
喜びはひとしおであろうと慮ってのことであった。
家族と付き合うにも色々と気を使う。
長男はつらいよ。

息子よ、向上心を持って邁進せよ

1/8の金曜日、ホームセンターに合鍵を作りに行った。
1/12から熊本に移住するため、
留守中、家を息子のハルに開放することにして、
家の合鍵を作りに行ったのだ。
鍵をあずけてお願いすると、
30分ほどして携帯に電話がかかってきた。
「実は製作工程を間違えてしまいまして、
今日は合鍵を作れなくなってしまいました。」
ということであった。
しかたがないので、
この近所に他に合鍵屋さんはありますか?と聞くと、
そんなに近所でもないが、
夢タウンの中にあるということだった。
それで夢タウンまで移動して合鍵をお願いすると、
30分くらいかかります。ということであった。
合鍵を作って家に帰り、
ハルの部活が終わるのを待って会った。
いいか、この家は自由に使っていい、
でも、チャッピー(うちの奥さん)の荷物もあるから、
お前以外の人を家にいれてはいけない、
ただ例外的に、お前に彼女ができて、
その子と2人で時間を過ごしたい時だけは、
2人で使っていい、
しかし相手にはひとつだけ条件がある。
ブスは禁止だ。ブスとは付き合うな、と言い渡した。
ブスって、一人一人基準が違うと思うけど、
とハルが言うので、
それじゃガイドラインを作っておこうということで、
「○○○○は?」というと、
「まあ、ブスなんじゃないの」、
「それじゃ△△△△は?」というと、
「僕はブスじゃないと思うけど」、
「お前は不合格だ、鍵は没収する」
などと、ひとしきり遊んで、
ハルに合鍵を渡して別れた。
ハルよ、お前にはまだわからないと思うが、
ブスな女の子がブスに生まれてくるのには、
それなりの理由があるんだ。
敢えて自分で望んでブスに生まれてくるのだから、
その子はそれなりの深い心の闇をかかえている。
お前にはまだ難しい、やっかいな問題だ。
ブスの心の闇を堪能して消化するのは、
コノワタを肴に冷酒を味わうような、
高度なグルメの嗜みなんだ。
お前はまだ、唐揚げとか卵焼きとかの、
わかりやすくおいしいおかずで、
白飯をバクバク食ってりゃいいんだ。
おかずクラブはまだちょっと早過ぎる。
三吉彩花とか、桜井日奈子とか、
わかりやすくかわいすい子にしておけ、
そうやってスクスク大きくなってくれ。