性善説の幻影

所謂バリアフリーの推進以来特に顕著な事がある。

それは、歩道と車道の段差の消失と、大きな開口部。

ドライバー性善説に立つ限り、総てのドライバーは歩道にみだりに侵入することはなく、通行区分を表示すれば足りる。
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しかし現実は大きく異なる。

車道が渋滞していると、歩道を車道代わりと心得違いの不心得者が走り抜け、
或いは、専用駐車場だとばかりに我が物顔で駐車するもの、
何れも後を絶たない。

警察も、自動車諸税と言う資金源をおもんばかってか、黙認し、或いは車道が空くからと暗に奨励しているかのようにもみえることすらある。

残念ながら、ドライバーに性善説を求めることは不可能なようだ。


歩道や側路帯を適正に通行する歩行者の生命や健康を護るためには、歩道や側路帯には車が入れないような堅牢なバリアの構築が不可欠なのかもしれない。

例えば、50センチの段差を設けたり、ドライバーの生死を問わない排斥設備の設置などがそれ。

今回の事案に限らず、鋪道を安全に走り抜けられる構造にあることが、そもそもの問題だ。

仮に、その様な歩道であれば、今回の犠牲者に限らず、その数は大幅に現象を見よう。

車輌対車両の事故に関しては、既に運転者の安全を確保する送致がある。
ならば、歩道にいる歩行者の安全を確保するため、ドライバーの生死を問わず侵入を阻止する有効な対策が必用だろう。

無論、歩行者を地下や空中に追い出す等と言う姑息な手段によることなしにだ。天天素
三便宝