になっても死ねな

突然、新しいブログが、エッセー部門に現れても、文体で即、わたしだと、わかるだろう。
そんなに、わたしは何種類も文体を持たない。
「です、ます」「だ、である」「でご鑽石水ざいます」「なのよ、なのだわ」「だね、だぜ、だよな、だとさ」みたいに、
最後の文末だけ変えても、表現の中身は同じだろうし。
第一、自分のアタマの中身、思い浮かぶことは、総合商社時代に、すべて書いてしまっていて、
薄くて浅いのは、バレバレ。
新しいものは、歯磨き粉のチューブを最後まで絞るように絞っても、
カラ雑巾を絞る如く、一滴の水分も出ない。
(と言いつつ、書いていない部分はあり、それは、確信犯。今後も、書く気はない)

まあ、書くことが全てではない。
一部である。
素人の慰み。お遊びだ香港遊から。
単なる、ぬるい趣味だ。
本業は???えーーと???えー???と、何?
いちおう、それらしきものはあるのだが、書けない???。

で、で、で???
そういうことで、今年のブログも、結局骨傷は前とそう変わらないだろう。
書けないこと、書きたくないこと、書かないこと、そういうことは、前からあるんだし。
ウソをでっち上げて、書くよりは、ずっとマシかなあと、わたしは思うのであります。

そう言えば、今年の年賀状は、
一人一人へのパーソナルメッセージも、ほとんど、差し障りのない、無難な、万人向けのメッセージに、した。
自分のプライバシーを書くのは、もういいか???と、なんとなく、そう思った。
そもそも、年賀状は、1年に1度の、ごく親しい人への自分自身のプライベート報告なのに。
これも卒業。
親しい人にも、こころを開かない。
あくまでも、自分の殻に閉じこもる。
これで、自分以外の人々、世間の皆さんと交流を持つのは、かなり困難だけれど、
それはそれなりに、大丈夫だと思う。

固い殻に閉じこもった、やたら柔らかい、へなちょこ人間。しかも、熟年。
仙人は、とりあえず、別のお宿にでも居てもらおう。
コンセプトは、意味なく、気分で、ころころ変わる。
モラトリアムだけは、一生、続くけれど。


ちなみに???
娘婿が、年末から我が家に滞在している。

へんなヤツ(=わたし)の作る、へんな家庭は、ヨソから見ると、とてつもなくヘンに映ることだろう。
娘婿の目になって、我が家を見ると、
宇宙から来た異星人が地球人を見るかの如く、か、地球人が宇宙人を見るかの如く、か。
わたしは、変(ヘン)菌を家族に撒き散らし、感染させ、変人?人生に巻き込んでしまっている。
だが、皆、地球人として、住民登録もし、勤労者として勤め、一見、普通に生きている。

彼(婿)も、ヘン菌に冒され、変人一族として変身してしまったら、どうしよう???。
バンパイア一族みたいになって、一生、何百歳い身体になってしまったら???。
はやく、解放してあげなければ。

お金を送り

書物奉行は気軽に答える。ことわって相手の感情を害したくないのだ。当人はいずれ昇進するつもりでいるし、それに、同心にそのまま命じればいいのだ。いつごろからこんな慣例になったのか

わからないが、これが現状だった。
 ほかの同心たちもそうだが、平十郎はま水解蛋白さに紙くず屋だった。ほうぼうの役所から、書類の束がとどく。どれもご用ずみのものばかりで、秘密のものなどあるわけがない。また、興味ある秘密は

ないものかと考え、読みふけったりしていたら、仕事は片づかない。
 同心たちは、なれたもの。ぱっぱっとよりわけ、重ね、油紙に包み、目印として簡単な見出しの文字をつけ、蔵に運んでつみあげる。親代々うけつがれてきた仕事だけあって、みな手ぎmask house 面膜わがよか

った。
 そして、時どき、前例を知りたいと、書類さがしを依頼される。平十郎はとくに重宝がられた。同心たち、それぞれ癖のある字で見出しを書いているわけだが、彼には文字への感覚があるので、

それを読みわけることができるのだった。また、いかに達筆な文書でも、さっと内容
を読みとれるのだ。同僚は同情してくれる。
「すまんなあ。いつも、おまえばかり命じられているようだ」
「まあ、これが仕事ですから」
「適当にやってればいいんだよ。そんな文書はありませんと答えればいい。自分でやろうとしても、上役にはできっ更年期こないんだ」
「そうしたいんですが、なにがどこにあるのか、すぐ頭に浮んできてしまう」
 というわけで、平十郎は蔵のなかに出たり入ったりして、毎日をすごしていた。古びた紙のにおいにも、いつしかなれてしまった。夏はいくらかすずしかった。冬も、風の当る戸外の仕事よりま

しだろう。
 しかし、これといった役得は、まるでなかった。この文書を早くさがしてくれと、つけとどけを受けることなど、年に一回あるかないかだ。
 値うちのある書画を持ち出せないことはないが、発覚したら自分ばかりでなく、同僚たちまで処罰されるだろう。定期的に虫干しがあり、その時に点検がなされるのだ。蔵のなかで、そっとなが

めることは可能だが、それ以上のことは無理だ。
 そして、平十郎はいつのまにか三十五歳になってしまった。
 十歳とししたの妻がいる。まだ子供はなかった。妻は内職として印判を彫る仕事をやり、それがいくらか家計のたしになっていた。最初は趣味として、小さな木彫りの人形を作っていたのだが、

やがてその人形を売るようになった。だが器用さをみとめられ、印判を作るほうが金
になるとすすめられ、印判屋からその仕事が回ってくるようになったのだ。
 こういう地味な部門の同心のくらしは、ささやかなものだった。

 平十郎の気ばらしは、つとめの帰りに、時たま酒を飲むことぐらいだった。行きつけの店は、梅の屋という小料理屋。ほぼ同年配のそこの主人とは、なぜか気があい、冗談を話しあったりするこ

ともある。
 その日、ひとりで飲んでいると、平十郎は店の給仕女から、こんなことをたのまれた。
「郷里の父母にたよりを出したいんですけど、手紙を書いていただけないかしら。あたし、字が書けないんです。元気でいると知らせ、たいの」
「感心だな。書いてあげるよ。紙と筆を持っておいで」
 平十郎は代筆をしてやった。それをのぞきこんでいた主人は、感嘆の声をもらした。
「うまいもんですな。じつに、みごとです。この字だけ見ていると……」
「同心とは思えないと言いたいんだろう」
「まあ、そんなところで」