思わぬ不

緒方三太郎は、登城してまず藩主松平兼良候に礼を述べ、松平兼重候の隠居庵に報告に言った。
   「そうか、鷹之助は回復したのか、それは良かった、なにしろ、わしは鷹之助の名付けの親であるから親も同然である、嬉しく思うぞ」
   「ありがとう御座います」
   「ところで三太、ひよこの香港美食之都サスケは元気か?」
   「えっ」
 三太郎は唖然とした。 
   「あははは、冗談だ、サスケはとっくに死んでおろう」
   「ああ、驚きました」
   「わしがボケたとでも思ったのか?」
   「いえ滅相な、一瞬、四歳の私に戻ったのかと思いました」
   「そうか、四歳であったか、懐かしいのう」
   「懐かしゅう御座います、あの頃は私の父慶次郎も若こう御座いました」
   「慶次郎は、わしのことをよく護ってくれたものだ」
   「ご隠居さま、私も小さいながら、懸命にお護りしましたぞ」
   「そうであった、よく覚えておるぞ」

 ひととき、昔話に花が咲き、ご隠居と笑いながらお別れしたが、三太郎が元気な松平兼重候の姿を見るのは、これが最後であった。ご隠居は、その七日後に庭で小鳥に餌を与えていて、ガクッと倒れた。使用人が倒れているご隠居を見つけたときは、すでに亡くなっていたのだった。
   「三太、ちょっと来ておくれ」
   「嫌だす」
 亥之吉が唖然としている。
   「店の主人が丁稚(小僧)を呼ん韓國 泡菜でいるのに、何も聞かないうちから嫌て何やねん」
   「嫌やから嫌だす」
   「お前なあ、わしを何やとおもとるのや」
   「陰間茶屋の因業爺だす」
   「何ちゅう言い草や、わしはお前の主人で師匠やで、あのことをまだ根に持っとるのか?あれからもう何日も経っとるのに」
   「まだ三日だす」
   「それでも有田屋はうちの客や、すっぽかしたのを謝りにだけは行っておかないとあかん」
   「わいは何も約束した覚えはない」
 三太は奥へ入ってしまった。
 
   「困った奴や」
 入れ代わりに女房のお絹が出てきた。
   「すっかり三太の信用を無くしたようだすなァ」
   「わしのことを因業爺やと言いよった、わしまだ二十歳を過ぎて間がないのに」
   「三太から見れば爺だす」
   「ほんならお前は婆ァか?」
   「歳の離れた姉だす」
   「どついたろか!」

 亥之吉は真吉と一緒に行って貰おうと思った。
   「真吉、ちょっと出て来ておくれ」
   「へい、旦那様ご用は何でしょう」
   「あのなァ、わしと一緒に有田屋へ行って…」
   「嫌です」
   「真吉、お前もか」

 仕方がないので、亥之吉はやはり嫌がる三太を連れて行こうと思った。亥之吉とて商人(あきんど)の端くれ、上得意様を棒にふるわけにはいかないと、三太の重い腰をあげさせようと思った。
   「三太、出てきなはれ、わいと一緒に行って謝っとくれ」
 三太は渋々顔を出した。

   「福島屋亥之吉でおます、こちらの旦那様はお出でになりますかな」
 若旦那が暖簾を分けて出てきた。
   「これは若旦那、この前はとんだ失礼をしました、お詫び申し上げます」
   「わたしも三太ちゃんに嫌われたものです」
 若旦那は、チラチラ三太を見て、「ふんっ」と、目を逸らした。この屋の大旦那も顔を出した。
   「三太は小僧の癖に、客を韓國 泡菜客とも躾者、馘首(くび)にしますかな?」
 亥之吉、頭にカチンときた。
   「三太のどこに罪があると言いますのや、嫌なものを嫌とはっきり言うただけやおまへんか」
   「商人は客を大切にするものです」
   「そやからこうして謝りにきています、それでもまだ文句があるなら、お上に訴えておくなはれ」
   「倅は深く傷ついていますのや、謝って済むと思いますのか」
   「不躾者はおたくの息子でおます、うちの大事な小僧を誘い込んで、何をする積りだしたのや」
 有田屋も負けてはいない。